Column|スティグマを解放し学び合う場所、ミュージアム・オブ・マインド

2023年7月に、AITスタッフがオランダを訪問し、芸術・福祉の領域でアートとメンタルヘルスの実践を行う美術館や福祉団体、アートスペースを訪問しました。ミニコラムでは、スタッフがリサーチした「ミュージアム・オブ・マインド」についてレポートします。

スティグマを解放する場所 ドルハウス美術館(ミュージアム・オブ・マインド)

ドルハウス美術館(Het Dolhuys) は、アムステルダムとハールレムにある二つの美術館「ミュージアム・オブ・マインド」の一つで、精神や心に焦点をあてた展覧会や、優れたアール・ブリュット作品の収集を行っている。展覧会では、現代美術のアーティストだけでなく正規の美術教育を受けていないアール・ブリュットの作家を紹介するほか、精神科医療の歴史を伝える展示や多様な心を知るための啓発活動も行っている。

ドルハウスの建物は1320年にハンセン病やペスト患者の隔離施設として建てられたのち、精神に障害がある人の収容施設として長く使用されてきた。時代とともに精神病院は閉鎖され、2000年代にリノベーションを経て美術館としてリニューアルオープンした。

かつて人々を社会から排除していた壁は取り除かれ、地域の人々の憩いの場ともなっている。現在では100人以上のボランティアが運営に関わっており、その半数近くは精神に何らかの障害を抱えた方たちが活躍している。ユニークな実践を通じて、精神に障害のある人の表現の中に社会を変革する力があることや、だれにでも共通する「心」をテーマに人間の内面にアプローチし、だれもが価値がある人だということに気づくきっかけをつくるなど、さまざまな視点から社会を考える取り組みを行っている。

美術館創設のきっかけとなったのは、この歴史的建物を維持することで精神科医療の歴史を語り継ぎ、精神科病院に残された貴重な資料を保管するために、5つの医療団体が協働して立ち上がったことだ。地域にひらいた美術館を目指し、カフェは美術館の外と中をつなぐ誰でも立ち寄れるオープンスペースとして機能している。

このカフェは、元々あった古い礼拝堂をリノベーションしたものだ。かつてはこの場所で、司祭が患者の隔離の振り分けを行っていたと言われている。カフェの中心にはステンドグラスの窓のデザインを生かしたアール・ブリュット作品があり、過去に差別や偏見などのスティグマが生まれていた場が、現在は「スティグマを解放する場所」として生まれ変わった象徴的な空間となっている。

礼拝堂をリノベーションしたカフェの内観

当日はミュージアム・オブ・マインドのメンタルヘルス・プログラム マネージャーであるヨレイン・ポステュムス氏(Jolien Posthumus)に案内していただき、その歴史や主な取り組みを共有いただいた。

開催されていた展覧会では、6つの部屋と6つの問いから心とは何かを考え、作品を通じて対話を生み出す仕掛けがあった。現代アートでは、YBAs(Young British Artists)のひとりトレイシー・エミンやマーク・クイン、そのほか草間彌生の作品もミュージアム・オブ・マインドのコレクションとして展示されている。

新たな常設展では、映像作家・写真家であるヤンティアン・デ・ブルーイン(Jantien de Bruin、1971年生まれ)の「Sister Love」が開催されていた。極めて個人的な手紙や写真、映像で構成されたインスタレーションは、喪失と記憶、つながりがテーマである。2015年にこの世を去った最愛の妹の記憶をめぐるさまざまな創作が、彼女にとって深い悲しみと向き合うひとつの方法であった。作品は生と死の追憶、自死で近しい人を失うということ、姉妹の関係性など、妹とのつながりを探す彼女自身の感情が、親密さと儚さに満ちたイメージから浮かび上がり、鑑賞者の心に訴えかける。

Jantien de Bruin, Installation view of the Het Dolhuys (Museum of the Mind) 2023


アーティストが行う認知症高齢者とのワークショップやユースとの演劇プログラム

ドルハウス美術館 ヨレイン・ポステュムス氏

ある展示室では、2枚の写真を対に並べた作品インスタレーションが壁一面に展示されていた。これは認知症患者へのワークショップで使用されたもので、アーティストがミュージアム・オブ・マインドのアウトリーチの一環でこの作品を持参し、いくつかの高齢者施設を訪問したエピソードがある。
写真作品のペアを同時に眺めることで自然につながりを発見し、想像した物語や浮かんだ言葉をその場で皆に共有する取り組みだ。実際、認知症の方々が自身の記憶や自由な想像から物語を繋ぎ、写真の組み合わせから思いもよらない驚くべきエピソードが多数出てきたのだとポスティムス氏は言う。日常とは違うこうした体験が思考回路を活性化し、ポジティヴな刺激がもたらされたのかもしれない。

高齢者施設でのワークショップでも使用された作品は、手のひらで摩擦すると香りが出る仕掛けのある写真パネルが採用されている。視覚的要素に加え、嗅覚に訴えかける「香り」がどのような刺激や変化を生むかのアプローチの一つかもしれないが、認知症の人々にとっては刺激が強すぎて混乱する方が続出し、難しい点があったという課題点も伺った。

認知症はその種類もさまざまで、人によって認知機能にも複雑な違いがあるため、香りや音がもたらす記憶の断片と、視覚的な印象からの記憶の交差による脳への影響は、一人ひとり異なる反応が興味深いが、特性や状況によっては要素が増えることで混乱を招くことも理解できる。こうした取り組みの記録ではうまくいかないことや試行錯誤の過程も含めて共有することで、色々な角度から多様な対象者とのアート・プログラムを検証していく必要性を感じた。

ドルハウス美術館の中庭

ミュージアム・オブ・マインドの建物には、ユースと演劇パフォーマンスを行うことができる中庭があり、かつてはこの庭で薬草を栽培して治療に使われていたという。中庭には、そうした歴史に想を得たアーティストが構想した物語に登場する架空の生き物をモチーフにした彫刻作品と薬草を漬け込んだ瓶が飾られており、庭全体には音声の流れる仕掛けなど、ユニークな工夫がみられた。


どんな環境にあっても、自由と尊厳を失わないために

展示風景 ドルハウス美術館 2023年

特に印象に残った展示品に、一人の女性による裏地の隅々まで美しい刺繍が施されたガウンが入った展示ケースがある。かつて精神病患者が着ていた深いブルーのガウンで、医者の白衣とは対照的に青と白の隔たりを表しているようだ。

外側は一見すると他の患者のガウンと同じだが、内側は動物や草花などのモチーフが色とりどりの刺繍やビーズで繊細にあしらわれ、その模様はまるで楽園のようにも見える。当時、どんなに管理・制限された中にあっても、自分だけの自由や個を失わないための抵抗や逃避の手段、あるいは密かな楽しみとしての行為が、その表現の隅々から想像でき、名前も知らないその女性に想いを馳せた時間だった。


そのほか、ミュージアム・オブ・マインドの取り組み

自殺防止プログラム(WORD UP)

15歳以上〜22歳までのユースを対象にしたアート・プログラム。アーティストを学校に派遣し、ユースを美術館に招待。3週間をともに過ごしながらワークショップや創作を通して、誰もが抱える困難について「安心して話せる場所」を提供している(自殺予防の意図)。メソッドやエピソードをウェブに公開し、他団体や個人が参照できるシステムを構築。現在は多くの公共の学校がこのプログラムを取り入れており、教員向けのプログラムもある。


子どもたち自身の取り扱いマニュアル

子どもたちが、自身の心に向き合うためのプログラム。ミュージアム・オブ・マインドが作成した問いかけシートを元に、自分についてを細かく記録していくことで「心」や「感じ方」を探求しながらオリジナルのマニュアルを制作できる。子ども自身が制作した取り扱いマニュアルを見て、読書財団が、それぞれの子どもに似た主人公が出てくる本を選書する取り組みもある。今後は図書館と協働して、その選書とともに記録を閲覧できるシステムを公開予定だ。


障害のある当事者の働く場所として

ミュージアム・オブ・マインドは、福祉施設と連携し、自分の好きなことや関心に応じて、無理なく働くことができる受け入れ体制を取っている(就労の賃金は国から支払われる)。また、カフェの仕事内容からさらに細かく業務を分担し、その人ができる部分のみを担当してもらうなど、参加しやすい仕組みづくりを取り入れている。

ドルハウス美術館|Het Dolhuys(ミュージアム・オブ・マインド)

訪問日 2023年7月26日 
所在地 Schotersingel 2 2021 GE Haarlem(ハールレム、オランダ)
ヒアリング:ヨレイン・ポステュムス(ミュージアム・オブ・マインド)


アウトサイダーアート美術館(ミュージアム・オブ・マインド)

展示風景 アウトサイダーアート美術館 2023年

精神や心に焦点をあてた展覧会や、優れた作品の収集と発表を行うミュージアム・オブ・マインドの一つ、「アウトサイダーアート美術館」はH’ART Museum」(旧エルミタージュ美術館・アムステルダム)と同じ敷地にあり、2つの美術館が併設されているため、人々が立ち寄りやすい場所にある。

展示風景 アウトサイダーアート美術館 2023年

アウトサイダーアート美術館では、優れた現代アートとアール・ブリュットのコレクションを生かした企画展を開催している。展示空間は、現代アートと障害のある作家が融合するようにキュレーションされ、額装やキャプションにも、作家それぞれの作品に合わせて遊び心のあるさまざまな工夫がなされていた。また、ここでは特に障害や特性を強調することなく、作品表現そのものが持つ力に焦点をあてている。

展示風景 アウトサイダーアート美術館 2023年

 

訪問時の展覧会では、オランダ国内外の現代アートやアール・ブリュットのアーティストによる展示が開催されていて、なかには澤田真一の彫刻作品や渡邊義紘による《折り葉》など、日本人作家の作品もコレクションとして紹介されていた。

渡邊義紘 展示風景 アウトサイダーアート美術館 2023年

多様な鑑賞者との協働にも力を入れており、複数の文化背景を持つユースや、LGBTQ、移民、障害ほか色々な枠組みやテーマのもと、幅広い参加者を交えた鑑賞ワークショップや対話の場づくりも積極的に行っている。コラボレーションも盛んに行われ、ケアの企業やNPO、ギャラリーとの連携で、障害や年齢、背景など異なる人同士がともに鑑賞や対話、創作を楽しむ「インスピレーション・ツアー」もそのひとつだ。

今後もミュージアム・オブ・マインドの2つの美術館の取り組みを通じて、さまざまな課題や困難に対して、アートや表現からどのように人々に伝え、スティグマを解放していくことができるのか、その動向に着目していきたい。

アウトサイダーアート美術館(ミュージアム・オブ・マインド)

訪問日 2023年7月27日
所在地 Outsider Art Museum / H’ART Museum 
Amstel 51 1018 DR Amsterdam(アムステルダム、オランダ)

テキスト・写真:藤井 理花