dear Meプロジェクトでは、2022年5月にアーティストの上村洋一さんをゲストにお招きし、認定NPO法人キッズドアと協働でサウンドワークショップ「見えない世界を聴いてみよう|Listen to the world invisible」を開催しました。
今回のワークショップでは、色々な国にルーツを持つ子どもたちを対象に、「やさしいにほんご」を心掛けながら実施しました。
*本ワークショップは、キリン福祉財団の助成、および、株式会社資生堂 2021年度カメリアファンド花椿基金による寄付、ローランド株式会社によるご協力で開催されました。
日本に暮らす、海外にルーツをもつ子どもたち
近年、海外ルーツの子どもは日本でますます増えていると言われています(※)。海外にルーツをもつ子どもたちへの居場所・学習支援事業を行っている認定NPOキッズドアによると、日本の学校に通い、日本語を流暢に話せても、言葉の多義性を理解するのが難しかったり、日本の文化はよく知らないという子も少なくないといいます。そのため、テキストを用いた座学の学習支援だけでなく、体験の機会を増やすイベントも実施しています。そうしたなかで、AITのdear Meでは、子どもたちが物や自然を観察したり、音を使ったアートを体験できる学びの場を企画しました。
ゲストには、音と環境をテーマに作品を制作する現代アーティスト、上村洋一さんをお招きしました。北海道の知床町や、フィンランドやアイスランドなど北欧の国々を訪れ、現地の音にまつわる文化のリサーチや、流氷や自然が生み出す環境音を、フィールドレコーディングとして録音し、作品の制作と発表をしています。
当日は、さまざまな国にルーツを持つ、小学3年生から高校1年生の15人の子どもたちが参加しました。グループごとに席に着き、同じグループのファシリテーターの大人と子どもで自己紹介をしました。そわそわ、ワクワク、色々な表情の子どもたち。
※1990年には108万人だった数が2020年には289万人と、約2.7倍に増加。うち、日本語指導の必要のある5万人を超える子供が、日本の学校に在籍。(法務省 調査報告書より)
ワークショップのはじまり 「フィールドレコーディング」って?
はじめに、AITから、アートの考えの自由さや、アーティスト上村さんを紹介。その後、上村さんから、これまでの作品や、壮大な流氷の見える雪景色の中で録音している様子の写真を見せながら、環境の中にある音を録音する「フィールドレコーディング」について子どもたちに説明をしました。また、偶然、野生動物に出会ったエピソードを紹介する場面では、子どもたちにまず雪に残った足跡を見せて、何の動物だったか問いかけました。
流氷の音をみんなで聴いた後は、流氷のできる仕組みや、環境についてクイズを交えて紹介。そして、いよいよ次は実際に音集めの時間です。ひとりひとり、音を集める機械を手に、近くの公園に向かいます。
いろんな環境の中にある音を探して、あつめてみよう
今回、さまざまな映像音響製品を開発・製造するROLANDの協力により、子どもたち一人ずつにイヤフォン型のバイノーラルマイクとレコーダーが配られました。それぞれ機械を手に持ち、グループに分かれて近くの公園に行きました。
バイノーラルマイクはイヤフォンとマイクが一体型になった特別な機械で、自分の頭部周辺の音が360°に立体的に聴こえ、音を聴きながら録音することができます。ほんのささやかな音が大きく聴こえてくるなど、普段とは違う音の体験が広がります。
葉っぱが揺れる音、水飲み場の蛇口をひねった水しぶきの音、砂場の砂をそっと触る音、シーソーや、乗り物の遊具を揺らす音、おおきな木の幹の表面に触れる音など、それぞれ思い思いに音を探して、集めていきます。みんなの集まっているところに行く子もいれば、一人でどんどん草むらに入っていく子も。
その日は雨上がりの晴天でしたが、地面には水たまりが残っていて、子どもたちの中には、水たまりの表面を手のひらでそっと叩き、工夫して色々な音を探す姿も印象的でした。
ドライアイスと炭酸水の実験「動物の鳴き声みたい」
公園から戻ると、鍋に入れたドライアイスに子どもたちが炭酸水を注ぎ、変化する音を水中マイクを通して聴いたり、上村さんが録音した流氷の音や、海外の原住民の唄などを聴いて、感想を共有しました。
軍手をした手で、ドライアイスを持って、鍋にいれていきます。
おそるおそる、炭酸水を注ぐ子どもたち。あっという間にドライアイスのスモークが立ち込めます。
時々、変化して軋む氷の音がギュ〜〜〜、キューと、聞こえてくると、
「なんか、動物の鳴き声みたい」
「ぞうみたい!」
「きつね?」
子どもたちから、色々な声が上がりました。
みんなで録った音を共有してみよう
公園で録音した子どもたちの音源は、希望した数名の子がみんなに音を聴かせてくれました。そして、それぞれ工夫したことや、発見したことを教えてくれました。
「水筒を揺らしたら、海の音がした」
「枝をポキッと折る音が結構怖かった」
それぞれ、はじめての立体的な音の体験がとても印象的だったようです。
今回、海外にルーツのある子どもたちの中には、日本語が話せる子もいれば、単語のわからない子もいるなど、日本語の理解度もさまざま。そんな時にはなるべくやさしく言い換えをしたり、近くの子どもが母国語で説明をして補足するなど、自然に助け合いながら参加している様子もありました。
公園での音集めや、世界の音を聴く時間は、言語ではなく、五感を通して感じる体験ならではの、のびのびと楽しむ姿が見られました。
いつも子どもたちに寄り添うキッズドアのスタッフからは、「勉強」というモードではない、自由な雰囲気の中で一緒に時間を分かち合えたことで、子どもたちの可能性が引き出されていた、というコメントもありました。
イベント後には、子供たちへのお手紙と、みんなの録音データを、子供たちそれぞれに配布して、ご家族のみなさんにも聴いていただけるようにしました。
今後も、アーティストや企業、子どもの専門家との協働を通して、子どもや大人がアートの表現を通して新たな学びや表現を発見する場を創出していきます。
AITスタッフ
ファシリテータースタッフレポート
今回参加して、本当に素敵な子どもたちだったなということが最初の感想です。
私が担当したのは女子4名のグループです。ドアから入ってきた時からみんなワークショップにとても興味がある印象を受けました。
今日は何をするか聞いている?と聞くと、「音楽!」と答える子や、その言葉を聞いて「絵を描きたかったな」という子も。
「今日は音を探しに行くんだよ。一人一人機械が使えるよ」と伝えたら、機械の部分に目をキラキラさせていました。プレゼンテーションが始まると、画面に映し出される氷に囲まれた知床の風景に興味津々のようでした。おそらく、そんな光景の場所に実際に訪れた人に、今まで出会ったことがなかったのかもしれません。アーティストに対して「博士」のようなイメージが最後まであったように思います。
レコーダーとバイノーラルマイクを渡されてからはきちんと説明を聞いて、学ぼうとしている様子がわかりました。しかし、高度な機械なので操作がなかなか難しい。ワークショップ中には機材の操作方法でよくヘルプをしました。操作を覚えるというよりも、自分が録音した音をもう一度聞きたい!という子が「ヘルプして!」という感じで、みんな音をとるのにとても熱心でした。
公園に行くまでの道でも色々な音を聞いていました。公園に着くと、音のための素材を一緒に見つけていきました。
走る音はどんな音だろう?滑り台の音は?飛行機の音は?
身の回りのものから聞こえる音を探すために走り回りました。
また、イヤホンを耳からひとつだけ外して、マイクみたいに素材の横に添えながら録音する子も。ある程度自然の音を聴き終わると、じゃあ今度は音を作ってみよう!と提案をしてみました。例えば落ち葉を踏む音、木の表面を擦る音、枝を折る音。そんなささやかな動作を拡大された音で聞くのは初めてで、意外と怖かったです。
葉っぱを破る音を聞いて、紙を破る音に似ている!という発見を教えてくれた子もいました。時々、背筋がゾッとするほどの音も見つけ、大人の自分でさえ怖いと感じることもありました。
一緒に作った音を聴くときは、私に1つイヤホンを渡して「聞いて!」と、音を一緒に聞くのが楽しそうでした。
公園までの行きの道では、車の音を聞くなどだけでしたが、帰りはすっかりアイディアが広がり、歩きながら道の葉っぱを揺らす音など、試行錯誤を繰り返しながらも、クリエイティブになっていた様子が印象に残っています。
実験の時間では、ドライアイスの音を聴いて、「本当にこんな音するの?!」と驚きの顔でみんなが耳を澄ませていました。
ワークショップの最後に、上村さんが録音した音を当てるクイズはとても楽しそうでした。録音された音が、自分のよく知っている国だったり、「この音は自分の国の音ではないよ!」とか、経験をシェアする場とも重なっていました。
日本以外の音を知っているからこその感想や、世界への音にとても興味があったのだと感じました。
自分の身の回りの世界、そして自分が生まれた場所、あるいは行ったことのない場所を全て「音」という視点で見ることは初めてで、いつもの光景が全く違って見えたかと思います。
こういう視点を持って、今後も日常の中に、「非日常」を探すことによって、物事を深く見ることができると思いますし、そもそも日本での生活が「非日常」の経験になっている子もいるかもしれません。どんな子どもたちも、こうした経験が自分を理解して表現するきっかけになれば、彼ら自身の救いになるのではないかと思います。
ファシリテーター 水野 沙羅
やさしいにほんご参考ウェブサイト
(やさしい日本語普及啓発/東京都多文化共生ポータルサイト)
本ワークショップ 公園での音集めの使用機材:
イヤフォン一体型 バイノーラルマイク(CS-10 EM)
オーディオ・レコーダー(R-07)機材提供/協力 :ローランド株式会社
自分でいろいろ音はっけんしました。おとがなった、おもしろかった。いろんなじっけんしたいです。
絵を描くのが好きなので、今日はここにきていろんな音をきいて、自分のイマジネーションを考えるのが楽しかった。上村さんの話をきいたり、じっけんをやるのが楽しかった。
ドライアイスの実験がすごく楽しかったです。今度は森の中の音などをききたいです。
とてもたのしかったです。わたしは、水の音をきいたことがいちばんおもしろかったです。こんどは草の音もきいてみたいです。おしごとがんばってください。
ワークショップ楽しかったです。いろんな音をきいておもしろかったです。ドライアイスの実験はとてもおもしろかった。
音ってこんなものだったんだとわかりました。ありがとうございました!
いろんな音をきかせてくれてありがとう。氷の音がおもしろかったです。
もっとさがしたかった。じぶんの好きなおとをさがしたり、じっけんでみたことのないものをみておもしろかった。
ドライアイスがおもしろかったです。またきてください!
アーティストサポート:岡村 さくら
AITスタッフ:藤井 理花、堀内 奈穂子
ファシリテーター:水野 沙羅、佐々木 皆里
認定NPOキッズドアスタッフ:廻 京子、樋口 愛、広本 充恵、和田 裕輔
協力:永井 亮太(ローランド株式会社)、大島 宏之 (キリン福祉財団)、岸部 二三代(資生堂カメリアファンド花椿基金)
主催:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]
企画:dear Me
協力:認定NPO法人キッズドア
助成:キリン福祉財団「キリン・地域のちから応援事業」
寄付:資生堂花椿基金カメリアファンド
機材協力:ローランド株式会社
記録写真:越間 有紀子
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上村 洋一(アーティスト)1982年千葉県生まれ。2008年 東京藝術大学絵画科油画専攻卒業 、2010年 東京藝術大学大学院 美術研究科修了。
視覚や聴覚から風景を知覚する方法を探り、フィールドレコーディングによる環境音と、ドローイング、テ キスト、光など視覚的な要素と組み合わせたサウンド・インスタレーションや絵画作品、映像作品、パフォー マンスなどを制作し国内外で発表している。近年は、地球環境と人間社会との関係性をテーマに、地球温暖 化で減少を続けている北海道知床のオホーツク海の流氷のリサーチや、フィンランドの氷河の痕跡や北極圏 でのリサーチを元に制作をしている。 -
dear Meについてdear Me プロジェクトはこれまで、時に鋭く社会を眺めるアートの思考に子どもたちが触れることで、複雑な世界を自分なりにとらえて表現するワークショップを実施したり、子どもを取り巻く社会課題を大人が考え共に考察することで、アートと福祉の協働を目指す場をつくってきました。
今、パンデミックによる見えないモノへの脅威や価値観の揺らぎによって心の健康が揺さぶられる中、dear Meでは、アートの体験がどのように「メンタルヘルス」や時に「ケア」と結びつくか考えたいと思っています。dear Meオンライン・アート講座も開講中。
*dear Meでは、子どもたちとのプログラムを実施するにあたり、寄付をはじめとするサポートを募っています。一緒に子どもたちとの学びを育んでみたい方はぜひご協力ください。