Report Exibition|子どもたちと和田昌宏さんのワークショップから生まれた「おくちとこびと」展

アーティストの和田昌宏さんと、東京・小平市にある、児童福祉施設二葉むさしが丘学園の小学生たちによる、ちいさな展覧会「おくちとこびと展」が、11月に小平市のコミュニティースペース兼ギャラリーにて開催されました。この展示は、9月と10月にオンラインで行った子どもたちとのワークショップをもとに生まれた作品展です。

「おくちとこびと展」につながる2日間のワークショップ

アーティストの和田昌宏さんと、東京・小平市にある二葉むさしが丘学園の小学生たちによる、ちいさな展覧会「おくちとこびと展」が、11月初旬に開催されました。

AITでは9月と10月にアーティストの和田昌宏さんを招き、二葉むさしが丘学園の小学1年生から6年生と開催した2日間のオンラインワークショップ「セイタイさんとわたし」を行いました。(助成:キリン福祉財団、寄付:資生堂カメリアファンド花椿基金)

和田昌宏さんは、過去にもdear Meに向けて子どもたちとのワークショップを行ったほかちょっと不思議な絵本「セイタイさんとわたし」は、現在、初監督映画『Songs For My Son』を製作中の和田さんが、映画にも登場する、喉の奥に住んでいる小人の「セイタイさん」 をモチーフに、dear Meプロジェクトのために新たに描き起こしてくださったもの。

どこからかやってきたミミズ君が、何か言いたそうにしているのに口に出せない様子を見て、ボンちゃんという人間の子どもが、喉の奥に住むセイタイさんたちを想像しながら、心の奥にある自分の気持ちをゆっくりと、言葉やかたちにする手伝いをする物語。絵本の一部は空白になっており、子どもたちが絵本のさまざまな言葉から自由に想像したものを描けるようになっています。

2日間にわたって行われたワークショップの1日目では、和田さんがなぜ「アーティスト」になろうと思ったのか、また、過去に制作した作品についてのお話を聞きながらその思考に触れ、和田さんの絵本に、子どもたちが思い思いの絵や言葉を描きました。

1日目のオンライン・ワークショップの様子。自宅の部屋の中に突如プールが出現する作品を紹介

子どもたちの中には、アイディアが絵本を飛び出して、得意なあやとりの糸を使ってダイナミックな立体作品を制作する場面も見られました。


空想の展覧会を考え、小さな作品展へ

2日目のオンライン・ワークショップの様子。一見ソーセージにも見える彫刻を空間いっぱいに展示した作品を紹介

2日目のワークショップでは、和田さんのインスタレーション作品の写真スライドや、AIT堀内より子どもたちがつくる展覧会の事例などを見せながら、作品を見せることや、展覧会をつくることなどについて紹介しました。その後、アーティストと子どもたちで、自分たちの作品の「展示プラン」を話し合い、空想の展覧会について、みんなでアイディアを出し合いました。

自分の絵を誰に見せたいか、どんなところに飾ったら楽しいかなどを自由に話し合ったところ、「南極」や「動物園」、「映画館」、「氷の中」、「自分の部屋の天井」など、想像したいろんなアイディアが挙がりました。見せたい人については、小さい子や地域の人、動物など、絵本の世界を飛び出したユニークな言葉が子どもたちそれぞれから飛び出しました。

展示したい場所の一つにあった「商店街での展示」を実現すべく、今回、二葉むさしが丘学園と関係が深い地域のコミュニティスペースのオーナーならびにスタッフの皆さまのサポートにより、実際の展覧会に発展しました。

photo by Yukiko Koshima

「おくちとこびと」という展覧会タイトルも、子どもたちがこの展示のために決めてくれたネーミングです。また、会期中に会場に訪れた人も、絵本からの自分の好きな1ページに描いて壁に貼ることができる参加型の展覧会にしました。会場では、和田さんの映画『Songs For My Son』のダイジェスト映像も展示されました。


展示の設営と、地域の人も参加できる開かれた場づくり

photo by Yukiko Koshima

展示スペースでは、子どもたちそれぞれが制作した絵本の作品から、1ページずつ絵や順番を確認し、和田さんとスタッフが、どんな風に展示したら面白いかなどを試行錯誤しながら考えました。そして、絵本にも登場するミミズ君の体が壁全体に広がるイメージで、壁いっぱいに作品を飾りました。

photo by Yukiko Koshima

設営には、二葉むさしが丘学園の中高生の生徒も参加し、アーティストのサポートや設置の手伝い、会場入り口のポスターや、案内の招待状などをデザインしてくれました。

photo by Yukiko Koshima

展示していたスペースは、小平地域のコミュニティスペースとして、子どもたちや大人が日々休憩やリモートワークなどで普段から人が集う場でもあります。当日、遊びにきてくれた子どもたちも、飛び入りで絵本ワークショップに参加し、それぞれの表現を絵にして壁に飾りました。

photo by Yukiko Koshima


ちいさな展覧会を終えて

短い展示期間のささやかな作品展ではありましたが、コロナ禍で多くのワークショップやイベントがオンラインになり、遊びの体験も変化する中で、子どもたちのアイディアから、地域のつながりでこうして実際の場で作品を発表する機会まで実現できたことは私たちにとっても、嬉しい体験になりました。

また、制作に加え、アーティストと意見交換しながら自分が描いた絵をどのように展示するかを考え、さらにそれを実現するプロセスは、子どもたちにとっても、きっと、これから自分の考えをさまざまな方法で形にし、伝えていく体験につながるのかもしれません。

子どもたちの絵は、今後、二葉むさしが丘学園のインスタグラムなどでも見ることができる予定です。dear Meでは、今後もアーティストや子どもに関わる専門家や団体と協働しながら、子どもたちの表現の場を多く創出したいと考えています。

photo by Yukiko Koshima

dear Meでは、継続的に個人のみなさまからの寄付や、企業のみなさまからの支援を募っています。寄付金は、今後の子どもや若者たちとのアートを通じた学びのプログラムに活用させていただきます。そのほか、コラボレーションを希望される団体のみなさまなどからのご質問などもお受けしています。
ぜひ、さまざまな形でのサポートにご協力をお願いいたします。

https://syncable.biz/associate/ait/vision/

参加者の声

参加した子どもたちに限った訳ではなく、児童養護施設に入所している子どもたちの多くは、成育歴などから次のようなマイナス面が挙げられる。「自己肯定感や自己表現力が低い」「ソーシャルスキルの獲得が不得手」など。これらの緩和改善の支援で欠かせないのが、「安心の確保」である。その空間がある中で、「自信の回復」へと向かいます。
 今回の実践で、子どもたちは、「五感を使う」「本当の意味で受け容れられる体験」「普段とは全く違うアプローチ」を受けることができました。和田さんは、子どもたちの所謂「好き勝手な言葉」「不明確な回答」などに対して、真摯な姿勢で、「受け容れて」くださっていました。「自由な表現に対して、肯定的な評価を受ける体験」「他者の表現(作品)に目を向ける体験」「あるがままを受け容れてもらえる体験」などは、「個の尊重」へ繋がると考えています。日常生活の場面においては、わかっていながら、なかなかこのような取り組みができない実情があります。少しでも今回のような機会が増えることを望みます。

鈴木章浩(二葉むさしが丘学園 自立支援コーディネーター)

“うんこ”を書いても、絵本の文脈無視でも、絵ですらなくても何でもOKというワークショップ。子どもたちはのびのびと楽しそうに自由を満喫する一方、僕たち職員はああ和田さんはじめ皆さんすみませんとヒヤヒヤしっぱなし。そんな場と子どもたちの様子を通じ、いかに大人は色んな決まりというものに支配されているのかと、ちょっと時間が経った今では思いますが、とってもカオスなひと時でした。
 不寛容ともいえる今の世の中において、そんな自由さや混沌さを、「商店街とかで展示してみたい」という声をきっかけにして、地域に少し垂れ流させていただきました。そこに何が生まれるのか、どんな価値があるのか、きっと<アート>をしている子どもたちにとってはどうでもいいことなんでしょう。
 そういやあの時のアレ面白かったねって、ふと思い出せるような経験を子どもたちと重ねたいですし、「あー〇〇ちゃん久しぶり!」って声をかけてくれるような大人との出会いをこうやって一緒に創っていただけること、それが何よりありがたいなと感じています。

竹村雅裕(二葉むさしが丘学園 自立支援コーディネーター)

お子様たちからの自己紹介からアーティストの和田さんの個性的な作品紹介まで、自由な発言と行動をするお子様たちを上手く盛り上げておられて本当に感心しました。
学校では学べないこのような体験が子どもたちの記憶に残り、彼らの人生に何かしらの影響を及ぼすことになるだろうと思いました。

岸部二三代(資生堂)

以前、AITさんのワークショップ企画の一環として「セイタイさんとわたし」というお絵描き絵本を制作する機会をいただきました。この絵本は、宇宙からやってきたミミズに少年が言葉を教えるために、ミミズの体内(頭)の中にある言葉のイメージを創造し、ページごとに描き出していくという物です。

子どもたちの頭の中にある、言葉にできないような感情や、言葉としてダイレクトに伝えることにためらいがあったりする事柄や考えを、ページごとに絵で表現していき、最終的にミミズの体内(頭の中)である個々のページをつなげ、それぞれのオリジナルミミズを作り上げていくことで完成する作品になります。
そして今回、二葉むさしが丘学園さんに通う子ども達と一緒に、初めて実際に絵本を完成させるというワークショップの機会をいただきました。コロナ禍でのワークショップという事もありオンラインでの開催となってしまいましたが、現場の先生方やAITの堀内さん、藤井さんの素晴らしい進行のおかげで、2日間にわたり子どもたちの様々な表現を垣間見ることができました。
あらかじめ用意した様々な素材を使い丁寧にページを仕上げていく子、絵本の構造を自分で作り変えて描く子、絵を飛び出し立体的な構造物を作り上げていく子、あやとりで巨大なタワーを作っていく子、ひたすらうんちを作っていく子、具体的な言葉に対して抽象的な線で表現する子などなど、最初は戸惑いながらも自由で楽しみながら、こちらの意図などおかまいなくそれぞれの表現してくれている子どもたちが多かった印象です。

美術には決まったルールがあったり、誰かからやらされるものではありません。何かに対する自分のどうしようもない感情や気持ち、考えを作品を通して誰かに届けるための重要なコミュニケーションツールの一つだと思います。今後子どもたちの生活の中で、うまく言葉にできない考えや感情を吐き出していけるようなツールの一つとして、この絵本や今回のワークショップが少しでもきっかけになってくれていたら嬉しいなと思いました。

和田昌宏(アーティスト)
プロフィール
  • 和田 昌宏
    1977年生まれ。ロンドン芸術大学ゴールドスミスカレッジ、ファインアート修士課程修了。2001年より東京都昭島市の旧米軍ハウス内にある「HOMEBASE」ディレクターとして企画運営に関わる。表現媒体はさまざまで、なかでも映像、インスタレーションを中心とした作品を発表している。近年の主な個展に「Rμv-1/2gμvR=(8πG/c^4)Tμv」(LOKO GALLERY、東京、2016)、「どしゃぶりの虹」(Art center Ongoing、東京、2016)、「『イチュマデモ、キミウォ、アイ、スュテル』主婦のためのスタイリッシュなハエ」 (アイココギャラリー、東京、2012)、「もののやりかた?東京現在進行形?」(Social Kitchen、京都、2003)。グループ展に「国立奥多摩映画館」(国立奥多摩美術館、東京、2016)、「TERATOTERA-Sprout-」(三鷹第一アパート、東京、2015)、「ヨコハマトリエンナーレ2014」(横浜美術館、横浜)、「黄金町バザール2013」(黄金町バザール、横浜、2013)などがある。

    AITのプログラムでは、現代アートの学校MADのゲスト講師を務めたほか、AITが不定期で行うミングリアスなどのゲストとして参加した。レジデンスプログラムでは、AITが招聘したメキシコSOMAとの交換プログラムにて、2013年にSOMAに滞在。dear Meプログラムでは2018年にオランダのフィフス・シーズンとともに子どもと大人向けワークショップを行った。
  • 二葉むさしが丘学園
    さまざまな理由で家族と一緒に生活が出来ない概ね2 歳~ 18 歳の子どもが暮らす福祉施設。地域や色んな人・団体と連携し、子どもたちに様々な社会経験や強み・得意を伸ばすための活動を積極的に展開しています。