児童養護施設などを退所する若者は、18歳で自立を余儀なくされ、通常は一人暮らしをしながら就職や進学の道を選びます。頼れる家族がいないこと、経済的、精神的な困難などを抱えている若者も多く、社会経験の乏しさや頼れる大人の存在がない場合、常に孤独や不安と隣り合わせに生活せざるを得ないのです。 そんな10代、20代の若者たちや、さまざまな背景を持つ人々が気軽に立ち寄れる拠点として、日々活動をする日向ぼっこのスタッフ、渡井隆行さんと武藤千佳さん(収録当時のスタッフ)にお話を聞きました。(インタビュー収録 2016年10月)
みんながほっとする、陽だまりのような場所を作りたい
千駄木の住宅街にある、「日向ぼっこ」は、児童養護施設での暮らしを経験された方や、社会的養護(※1)が必要だったけれど受けられなかった方ほか、生まれや育ち、これまでの経験に関わらず、いろいろな立場の方も気軽に集まれるための居場所づくりや相談事業を行っています。
初めは3人の大学生の勉強会から始まったという日向ぼっこ。3人とも他の人にはなかなか話せなかった困難や悩みを互いに共有していました。自分たちのような方が他にもいるはず、困った時や話をしたい時、いつでも立ち寄れる場が必要と感じ、みんながほっとする、陽だまりのような場所を作りたい、という想いで2006年に日向ぼっこをオープンしたと言います。
※1)社会的養護とは:実親の死亡や病気、入院、経済的な理由など何らかの事情で、子どもを家庭で育てることが困難と思われる場合に、公的責任で社会が代わりに子どもを養育するため、安全な環境に保護するとともに、家庭への支援を行う制度。現在の日本社会では、約4万6千人の子どもが社会的養護下で暮らしていると言われています(2016年厚生労働省調べ)子どもたちは、児童養護施設や里親家庭、養子縁組などで育ちます。
大学生3人の勉強会から始まった、日向ぼっこ
—「日向ぼっこ」の取り組みと活動内容について聞かせてください。
武藤:もともとは2006年に、3人の大学生たちから立ち上がった団体です。社会的養護を経験している人たちが集まって、それがどういうものかをもっと自分たちで知るための勉強会から始まりました。
渡井:勉強会を開いていた学生さんたちは、もともと施設育ちであったり、里親育ちであったりと社会的養護のもとで生活していました。ただ、自分たちの声がなかなか制度に反映されていないことと、そもそもその声がなかなか集められないということで、まずはそういった人たちのネットワークを作りたいという思いから、勉強会をはじめました。
武藤:そこから、社会的養護がもっと知られて行くためにはどうすればよいか、社会的養護下の人たちがどういうことを望んでいるのかという疑問から、みんなが集まれるようなサロンの場所が必要なのではないかとなりました。
幸い場所を借りられることになり、人が集まれるようなサロンを開くことになりました。今は、日向ぼっこサロンの運営と、相談を受けることをしています。サロンは本当に色々な方が来て、お茶などをしながら日々のことを話したり、この本棚の本を読んだり、楽器を弾いたり、ゲームをしたり、本当に好きなことをして過ごせる場所になっています。
—相談方法は、どのようなものがありますか?
ご相談は電話やメールでもできますし、直接来ていただいて、こちらでお話をうかがってもいます。あと、社会的養護を経験している方たちだけでなく、社会的養護が必要だったけれど経験出来なかった方なども対象にしています。なぜかというと、やはり家庭の中で苦しい状況を抱えていたり、虐待や貧困とか色々な問題があると思うのですが、そういった問題を抱えながらも家庭の中で生活し続けている人もいらっしゃって。例えば、社会的養護が措置されるかどうかはその子自身が決めるのではなく、児童相談所など周りの大人たちがどうするかを決めていることなので、そういうところも鑑みて、社会的養護が必要だったけれど、そこに入れなかった方も対象にして活動しています。
—具体的には、どのようなイベントを開催していますか?
武藤:イベントとしては、みんなで軽食やおやつなどを作って食べる「もぐもぐサロン」が月に1回と、毎月その月のお誕生日の方をお祝いする誕生日会をしています。それから、「ことなサロン」というものがあります。「ことな」というのは日向ぼっこで作った造語で、大人と子どもの狭間にいる方たちを指します。その方たちと一緒にやりたいことをまずはみんなで出し合って、そこから次の時には、では実際に何ができるか、お金はどのくらいかかるか、場所はどの辺だったらできるか等を考え、3回目に実行するという、3ヶ月クールで繰り返すということをやっています。「ことなサロン」は本当に色々なイベントがあるので、意外と幅広い年齢層の人たちが来てくれます。
「ひとりで問題を抱え込まないようにサポートができたら、という思いを大切にしています」
—活動の中で、特に大切にしていることは何ですか?
渡井:来ていただくなかで、関係性をつくっていくことをとても大切にしています。なぜかというと、生きていくなかで色々な問題が出てくると思うんです。その問題をひとりで抱えて行くとすごく大変だと思うんですよ。でもその問題を、私たちで少しでも一緒に持てるような関係をつくれたらいいな、と。ひとりで問題を抱え込まないようにサポートができたらという思いを大切にしています。
武藤:その方のお話をじっくり聞くことを、とても大切にしています。なにか課題を抱えて相談に来られる方もいらっしゃるんですけれど、こちらから何かこうした方がいい、ああした方がいい、ではなくその方がまず何に苦しいと思っているのか、辛いと思っているのか、そういったことをじっくりと聞き、その方自身がどうしていきたいと思っているのかをお話しながら整理していただき、それを実現するためには一緒に何ができるかなということを、一緒に考えていく。私たち職員は相談受付用の携帯電話を持っているんですけど、ちょっと電話した、みたいなことで電話をくれたりしてつながりを感じられた時は、この活動をやっていて良かったなと感じます。
渡井:いいんです。電球の交換の仕方がわからないんだけど、とかで連絡をくれれば。「こうすればできるんじゃないかな、ネットで調べたらできるんじゃないかな」とか、アドバイス程度しかできないですけれど。そのなかで、自分で「これをやってみようかな」とチョイスしてやってみることがすごく大切だと思っているので、そんな情報提供の、ね。
武藤:「結婚式の時はどうしたらいいの?」という子もいたりして。でも、そういうふうに使ってくれたらいいなとすごく思って。そういう時に電話してくれていいんだと感じました。
「あの時は大変だったな、と振り返る瞬間を一緒に聞けた時は、すごく良かったなと思います」
—これまでに、大変だったエピソードなどはありますか?
渡井:未成年で、もう社会に出ていて家もない、携帯もない、という状況の方から相談を受けたんです。こちらとしては何ができるだろうかと、まずは生活するための安定した場所と、あと、仕事を探す上では携帯電話は不可欠なので、これをどう取得するかという部分の支援の方向に行ったんですけど、未成年ということで親権者の同意が取れなかったり、そういう部分では僕たちはやはりそれができないので、そこがすごく大変でした。
幸い、その方は施設さんとの関係がうまくいってそこはクリアできたのですが、ただ、未成年で社会に出ていく方たちも多いので、その中で私たちができないことがあるというのがすごく大変だったなと。多分これからも大変なんだろうと思いながら、どうクリアしていけたらいいかなと思っています。
—活動のなかでやりがいを感じる時は、どのような時ですか?
渡井:その方自身が、自分の歩みたい道を歩めていることを感じられた時は良かったな、と思います。ここにずっと居るというより、ここにちょっと来て、また他のところにも行ってこんな話をしたんだという、色々なコミュニティがその方にもできていると感じると、「それなりに豊かな人生を送っているのかな」と思えるのが、こちらとしては嬉しく思います。
武藤:その方が課題を抱えていて、こちらとしてもたくさん支援をしなければいけない時は、たくさん会ったり、電話したりということがあるんですが、そういう期間を経て、ふらっと来て、「あの時は大変だったけど」という感じで、でも今その方がすごく充実そうにしていたり、そういう「あの時は大変だったな」、と振り返る瞬間を一緒に聞けた時は、すごく良かったな、と思います。
「社会的養護は誰にとっても必要な制度のはずなんです」
—日本における「社会的養護」について
渡井:社会的養護は、まだまだ知られていないと思うんです。児童養護施設や里親という言葉はだいぶ広がってきたと思うんですが、やはり社会的養護と言われると「何?」という疑問を抱かれる方が多いのではないかと思います。でも、社会的養護は誰にとっても必要な制度のはずなんです。子どもを授かるという部分で、自分がいつどうなるか分からないですよね。明日死ぬかもしれない。明日事故を起こしてしまうかもしれない。病気になってしまうかもしれない。
その時に我が子をどうするかと考えた時に、親御さんや、そういう人につながればいいなと思いますが、今は核家族化していますから。特に東京にいる方は。地方に親御さんがいると、なかなか子どもを預けることは難しいだろうと。そういう時に、ちょっと社会的養護に預ける、くらいの概念ができたらいいと。今、虐待を受けた子のいる場所や、困難を抱えている子というイメージが社会的養護にあるのですが、そうではなく、もうちょっと気軽に、トワイライトステイとしてや、短い期間の措置もあるんです。大変な時、そういうところに預け、お母さんも安心する。そして、子どももちゃんと説明をされて安心し、また再統合することが、大切なのではないかなと。
武藤:(児童養護)施設にいるというだけで、「障害を持っているの?」と言われたり、あと施設や里親に預けることがあまりよくないことのようにまだまだ思っている方たちもいて、そういうところもやはり、知られてないことで。自分が社会的養護を経験しているということがなかなか言えなくて、とか、やはり家族の話になるとそういうことを言わざるを得なくなるから、あまり人と関係を築きたくない人とか、そういうところでやはりまだまだ生きづらさを感じる方たちが多いので、私たちももっと発信していかなくてはとも思っています。社会にもっと広く認知してもらい一緒に考えていけたらいいなとすごく感じます。
—アートや表現を使った可能性について
渡井:伝え方は色々あると思うんです、言葉で伝える、表情で伝える。僕は音楽をやっているので、音楽や歌にして伝えるとか。例えば武藤は演劇をやっているので、演劇で伝えられることがあると思うんです。そのひとつとして、絵とか詩とか、オブジェとか、色々な芸術を通して伝えることもできると思うんですよね。そして、そういう伝え方の方が得意な人や、そういった伝え方もあるということで、日向ぼっこでも毎年展覧会を開催しています。
武藤:枠に捉われずに自分の思ったことや、自分の表現ができる分野なのかなと思っていて、そういう意味で、自由に表現ができるところの楽しさは、多分その人がこれから歩んで行く人生の中でとても豊かになることかなと感じているので、みんなでなにかを作ったり、そういうことをできたら楽しいのかな、と個人的には思います。
—最後にひとこと、メッセージをお願いします。
渡井:とにかく、こういう場所がありますよ、ということを知っていただきたい。ですので、もし興味があれば遊びに来てください。とにかくなにか考えなくてはいけなかったり、なにかを要求するわけではないので。来ていただいて、お菓子でも食べながら、ジュースでも飲みながら、お話ししたり、ゲームをしましょう!
武藤:そうですね、ぜひその出会う人々も仲間に入れられたらな、と。良かったらぜひ来てください!
(2016.10.24 インタビュー収録)
あとがき
「日向ぼっこ」では、関心がある方は誰でも気軽に立ち寄ったり、参加出来るイベントを多く開催しています。(初回は事前に連絡し、参加登録が必要です)dear Me スタッフも、日向ぼっこが主催する「ことなさんぽ」という街歩きイベントや、大学生のメンバーによる自主企画イベント「RUN & BBQ」に参加してきました。
「ことなさんぽ」では、日向ぼっこにほど近い谷中の商店街や街なかを散策しながら散歩をして、最後はカフェでそれぞれの招き猫をつくる、絵付けに挑戦。絵付けをしながらお茶やコーヒーでおしゃべりをしました。「RUN & BBQ」では、隅田川沿いを皆で走って最後にお楽しみのバーベキュー。
一緒に走って御飯を囲む、街歩き、という毎回異なるそれぞれの目的で集まった、地域や仕事もバラバラの参加者たち。皆で体験すると、いつもの風景がまた違って見えてくるから不思議です。
また、季節ごとのイベントや映画鑑賞会、10代20代が集い語り合う座談会ほか、2018年度より新たに毎月の勉強会も行っているそうです。毎月1回さまざまなテーマに基づいて、意見交換やディスカッションを行っています。
参加を希望される方は事前登録と申込が必要ですが、関心があればぜひ参加してみてはいかがでしょうか。アットホームで居心地のよい、名前の通り、日向ぼっこのような空間でした。
聞き手:藤井 理花 (AIT)
-
日向ぼっこ生まれや育ち、これまでの経験に関わらず、いろいろな立場の方々と共に「多様性が尊重される社会の実現」を目指し活動する。さまざまな方たちが安心して集える居場所「日向ぼっこサロン」の運営をする【居場所事業】と、様々な悩みについてご相談をお受けし、寄り添いながら一緒に考える【相談事業】、日向ぼっこに関わってくださる様々な方々の声を集め、社会に発信していく【発信事業】を行う。
http://hinatabokko2006.com