Column|オランダ視察から見えてきたこと 西田 友子(精神科ソーシャルワーカー)

Photo by Jolien Posthumus
Photo by Jolien Posthumus

CATでは、2023年7月に、AITスタッフがオランダを訪問し、芸術、福祉のふたつの領域でアートとメンタルヘルスの実践を行う美術館や福祉団体、アートスペースなどを訪問しました。リサーチには、CATのプログラムにファシリテーターとして関わる西田 友子氏に同行いただきました。レポートでは、日本で精神保健福祉士として活動する西田氏の視点を紹介します。


自分の人生、自分の生活は自分で決める

今回の視察を通じて最も強く感じた大事な点は、「自分の人生、自分の生活は自分で決める」ということが一貫されていた点である*1。
歴史的背景も文化も全く違う国であるため、単純に比較は難しいと思うが、現在の日本のサービスにおいて大きくかけている大事な点が特にオランダでは常に見られたことが決定的な違いであると感じた。

日本でも精神保健サービス利用において、措置から契約へとうたわれ、表面的には当事者がサービスを決定するという流れになっているが、実態は大きく異なっている。また自分を表現するという点においても、本来は表現が自由なはずだが、実際に自身の体験を絵にしたりすると「調子が悪い」と判断され、本人が希望していないにも関わらず薬の種類や量が増やされたり、入院治療になるなどしている。
我が国では、当事者と医療従事者やサービス提供者が対等ではない印象を受ける場面が多く、当事者は自分の人生なのに、病識がないから、判断できるだけの能力がないからという決めつけで選択のチャンスを奪われているという点を再確認させられた。

オランダと日本では医療制度や福祉サービスの提供ルートも大きく異なっており、単純には比較できないが、今回の視察を通じてオランダの精神保健サービスがどのように変化していったのかを探ってみたいと思った。
視察した中でも特に印象的であった2ヶ所を中心にまとめたいと思う。


オランダで広がる、ケアファームの取り組み

オランダでは農業と福祉の組み合わせは産業革命以前からあった*2。
多くは現金支給と特別なニーズに対してサービスを現物支給する「AWBZ(Algemene Wet Bijzondere Ziektekosten General Law for Special Medical Expenses:1968年施行)」という仕組みを利用しており、AWBZの承認を受けた施設がケアファームを行うことで国から保険料が入り、農家の収入となっていた。しかし、その収入は少ないため多くのケアファームは農業での収益が中心で運営していた。

その後、制度に大きな変化があり、「PGB(Persoonsgebonden budget:1991年社会実験 1995年本格導入)」という個別ケア予算がつくこととなった。​​​​
これは現金支給され、当事者が自分が必要だと思ったサービスに支払うことができる仕組みである。サービスも専門的な分野以外に支払っても良いという考えであり、ケアファームへ支払っても良く、また家族や友人からの介護ケアに対して支払うこともできるものである。
この個別ケア予算(PGB)ができたことでAWBZの指定を受けていないケアファームもサービス提供可能となり、1998年には75箇所だったケアファームが2009年1000箇所へ激増して行った。

PGBがもたらした変化としては利用者が高齢者、子ども・若者(特に18歳未満の精神保健サービス利用者が増加)、精神障害と広がっていった。農業が中心で福祉が後からついてきた形だったが制度の変化により福祉での収益が中心となったケアファームも増えている。
ケアファームが増加した背景にPGBという制度があり、考え方の根幹にフォーマル・インフォーマルに関わらず、自らサービスを選択して利用できるという点が重要だと感じた。

視察させていただいたケアファームも生きづらさを抱えた若者、認知症の方などそれそれが自分のペースで利用し、生き生きとされていた様子が印象的であった。


すべての人にひらかれた美術館と、その背景にある精神科医療の歴史

オランダも日本と同じように世界と比較して精神科病床が多い時期があり、日本同様に精神科治療として隔離生活をとっていた時代があった。(精神科病床数では、2011年時点で日本は世界比較で群を抜いて1位、オランダは3位)
隔離政策をとっていた時にドルハウスはSanatoriumであった。日本でもハンセン病や結核などと同様に精神科治療も隔離政策の対象であったことが、現在も東京都でいえば多摩地域に精神科病院が集中していることに繋がっている。
Sanatoriumでは閉鎖的で人が生活している所と隔絶され、一切の関わりがなく、施設の中で生活全てが完結する世界である。

ドルハウスはそういった時期を経て、現在は地域のすべての人にひらかれた場として存在している意味は大きい。精神疾患を抱え、治療対象のはずの人が個を奪われ、自己を表現すること、自分の人生を自分で背負い、選択し、歩んでいくことを奪われた歴史が展示されていた。その中でも自分を表現することを諦めなかった方のことが紹介され、制作したものが展示されていたり、精神疾患だけでなく、移民や女性など様々なスティグマを背負い生きていくことについて問いかけるような展示となっていたことが印象的であった。

オランダは2011年頃に経済危機が訪れ、多くの分野で税金の削減を迫られることとなった。特に精神科医療の予算が膨大であったため、精神科病床数は大胆な削減対象となった。
ヘルスケアのシステム自体を大きく転換することとなり、国の制度から保険会社のシステムとなった。この点は現在でも問題点が多く指摘されているようだが、精神科治療が地域で展開していく大きなきっかけとなった。(年間7〜9%精神科病床の削減)

ベッドを大幅削減したことにより、精神保健サービスの低下、錯乱状態にある方が路上で警察に保護されることが増加、スタッフの解雇など多くの問題が噴出した。その対策としてアウトリーチを進めていくこととなり、FACT(Flexible Assertive Community Treatmentの略称)が展開していった。
日本でも同様に精神科入院治療予算が大きな問題となっているが、何十年経っても大きな変化は見られず、地域で使える精神保険サービスの選択肢は乏しい状態が継続している。自治体によってはアウトリーチチームを設置したり、地域によっては訪問型の精神科治療なども増えてきてはいるが、当事者自身が希望するサービスを自由に選択できるというほどの種類も量も不足していることを再確認した。

オランダではホームドクター(Huisarts)制となっており、当事者はホームドクターを経由して専門的治療につながっていくことになるが、待機期間が長く、タイムリーに必要な専門医療を受けられないことが大きな問題のひとつとなっている。


今回の視察を通じて、自身の世界観や体験を作品にするなど表現することがセラピーとなっているだけでなく、作品をレンタルや販売という形で報酬を得られる流れができていることを知った。表現するだけでなく、自身の活動で報酬を得て社会とつながることの大切さとも直結しており、とても素晴らしい仕組みだと感じた。

制度改革も必要であるが良いと思うことはできる範囲で取り入れてトライしてみることの大切さも改めて痛感した。日本とオランダ、ドイツでは歴史的背景や文化など大きな違いはあるが、誰もがその人らしく、自分の人生を歩んでいくこと、自分のことを自ら選択する権利があるという点に違いはなく、身近な支援で少しでも多くの選択肢を提供し、選択する権利を奪われることがないように関わっていきたいと感じた。

特に日本は専門職と当事者が対等でないことが多く、当事者が「失敗するかもしれなくてもチャレンジしたい」という選択を専門家が奪うということが日常的に行われている。「病状で現状を理解できていない。障害で理解する能力がない。専門家が正しい答えを知っているので正しい道に向けて支援を行う」という流れで無意識で行われていることが多い。

疾病の治療や障がいの支援にばかり重きを置かれてきた日本の精神保健サービスだが、近年リカバリー支援という考えが広がりつつある。
リカバリーとは多くの生きづらさを抱えていても誰もがその人らしく生き生きと人生を歩んでいくこと、自分自身を自由に表現すること、自分が望んだ生活を実現していくことである。
幸せや心地よさはそれぞれ違うことを認め合い、周囲の価値観の押し付けではなく、誰もが望んだ生活を実現するためにチャレンジできる社会にできるよう、働きかけていきたいと思う。

視察後、私自身が具体的に動き始めている一つとして、オランダに事務局がある「The European Community based Mental Health Service Providers(EUCOMS)Network 」という欧州地域精神保険サービス提供者ネットワーク(2015年発足)に定期的に参加し、情報交換をしている。
日本でも地域における全ての人のためのリカバリーに貢献していかれるよう、今回の視察を通じてできた専門分野以外の繋がりも大切に活かしていきたいと思う。

*1 オランダのリサーチで訪問した福祉団体の一つ、cordaanでは、いかなる障害の場合でも自己決定ができる当事者においては個人の決定を尊重し、その意思に沿った福祉サービスにつなぐ体制がとられていた。

*2 ケアファームは、認知症患者を含む多様な人々のデイケアセンターの代替施設として、オランダで広く利用されている。多くの場合は、ケアは小規模なユニットで行われ、個人的なケアや日常生活が統合されている。ケアスタッフは、料理、掃除、ガーデニングなどの仕事を参加者と一緒に行う。
AGEプラットフォームヨーロッパ(AGE Platform Europe)Webサイトより翻訳

*3 FACT: The Netherland’s Flexible Assertive Community Treatment for mental illness (2003 – ongoing) | Centre For Public Impact (CPI)

テキスト・写真:西田 友子 

プロフィール
  • 西田 友子
    精神保健福祉士。「生きづらさを抱えながらも自分らしく生きる」を大切にサポートさせていただいています。現在はクリニックや自治体でアウトリーチを行うなど訪問スタイルを中心に活動中。