Report Report|インスピレーション・ツアー後編:鑑賞体験がつなぐ、オリジナルでカラフルな創作時間

オランダの取り組みをヒントに、多様な参加者とともに美術館にでかけ、驚きと対話をつうじて多様な芸術表現やできごとにであい、インスピレーションが自身の新たな表現につながるきっかけをつくる、鑑賞と創作プログラム「インスピレーション・ツアー」。昨年に続いて、2023年の取り組みを、ライターの小川知子さんがレポートします。

得たインスピレーションから、それぞれの表現へ

アーティゾン美術館で実施したインスピレーション・ツアーを終え、まだ体験の余韻が残る2023年11月5日のアトリエ・エー。色鉛筆やマーカーなどを用いて絵を描く大教室と、アクリル絵の具などの普段とは異なる画材を使って創作をする地下の工芸室に分かれ、約40名のメンバーが集まりました。インスピレーション・ツアーの参加者も、アーティゾン美術館での鑑賞体験からインスパイアされた作品を、自由に紙の上で表現します。

「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」で、ポール・セザンヌの《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》を「嵐の中のマンション」と名付けていたまさかずさん。ポストカードを持参し、筆、ハケ、ローラーなどの画材を駆使して、青と緑の混じった美しい色を生み出していました。

一方、ゆかりさんは、展示で見た魚の絵から連想し、カラフルなオリジナルの魚たちのイメージに昇華させます。

常設展に飾られていた多くの作品も、工具室で作業するメンバーたちのインスピレーション源になっていた様子です。色鉛筆で模写した斎藤与里の《チューリップ》 をもとに、画用紙一面に絵の具を重ね、生き生きとした色合いの花を咲かせていたのは、しょうまさん。

また、吉田博の《奔流》が気に入り、「川のゴツゴツした硬い岩の間から水が流れているところが、薄いピンク色に見えて優しい感じがして好き」と話していたこうきさんの作品は、撮影した写真をクローズアップし、鉛筆で下絵を描き終わってから、絵の具で彩色していく、という丁寧なプロセスを経て完成しています。

そして、絵画ではなく、彫刻作品に着目していたのはゆういさんです。ブリヂストン美術館(現:アーティゾン美術館)の創設者・石橋正二郎のブロンズ像(清水多嘉示作)をはじめ、お気に入りの彫刻をドローイングしていきます。


オリジナルの方法で、多様な表現が生まれていく

同じ頃、大教室では、田中敦子さんの《無題》をモチーフに、ポスカを使ってビビッドな抽象画に取り組むよういちろうさんの姿が。

家に飾りたい10作のお気に入りをみつけたつよしさんは、それぞれの絵に合うようなオリジナルのイラストを描き、それをハサミで切り出し、出力した作品の写真にコラージュし、クリアーファイルに収める、という一連のシリーズを完成させます。

iPod touchに収めた日々の記録を4コマ漫画のノートにドローイングしている竜之介さんは、ツアーの模様が伝わってくるようなライブ感のあるイラストに起こしてくれました。

彼らの創作現場と発表の場に立ち会いながら、言葉ではなく身体で感じたアートを体内に取り込み、それを外へと表現するというまさにジャムセッションを目の当たりにしているように感じていました。

表現方法はそれぞれに異なり、全く違う色や光を放っていて、出来上がった作品をみんなで共有することで、新たな感覚やアイディアが生まれる。そうやって、インスピレーションは循環していくものなのかもしれないと思いました。


異なる者同士が刺激を与え合い、感じ方を共有する空間

アーティゾン美術館の展示を観終えた後、膨大な写真が入ったゆういさんのiPadを眺めながら、ファシリテーターの一人が「いろんな写真が並んでいるね」と話しかけると、ゆういさんがこう言いました。「いろんなものがコラボした方がいい。その方がいろんなアクションが起こる」と。その言葉はインスピレーション・ツアーの真髄に触れるものとして、印象に残っています。

違う他者同士が、同じ場所にいることを想像し、思いつき、アイディア、刺激を与え合うことをそれぞれのリズム、感覚で楽しむ。そのまなざしが、分断や対立ではなく協調へと向かう一歩につながる。そんなことを教えてくれる、インスピレーション・ツアー体験となりました。

テキスト:小川 知子   写真:阪本 勇

プロフィール
  • 小川 知子
    ライター/編集者。1982年、東京生まれ。雑誌を中心に、インタビュー、映画評の執筆、コラムの寄稿、翻訳など行う。共著に『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)がある。