オランダの取り組みをヒントに、多様な参加者とともに美術館にでかけ、驚きと対話をつうじて多様な芸術表現やできごとにであい、インスピレーションが自身の新たな表現につながるきっかけをつくる、鑑賞と創作プログラム「インスピレーション・ツアー」。昨年に続いて、2023年の取り組みを、ライターの小川知子さんがレポートします。
自分の感覚を身体で認識する、あらたな鑑賞体験
去る2023年10月28日。コレクティヴ・アメイズメンツ・トゥループ [CAT]の取り組みのひとつ、障害のあるメンバーとともに美術館を訪れ、対話を重ねながら新たな刺激や発見を得る「インスピレーション・ツアー」が実施されました。
アトリエ・エーのメンバー9名とファシリテーター9名が訪れたのは、アーティゾン美術館。少人数のグループに分かれて鑑賞したのは、石橋財団コレクションと現代美術家の共演(ジャム・セッション)を試みる企画の第4弾、「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」です。
「サンサシオン」とは、感情に至る前の感覚のことを意味するそう。まさに、自分の感覚というものを身体で認識するようなインスタレーションから、展示はスタートします。
アトリエ・エーのメンバーを迎えたのは、《汝、経験に依りて過つ》と名付けられた、ふだん、当たり前と思っている感覚を揺さぶられる空間です。部屋全体が傾いていて、真っ直ぐ立つことさえ難しい状況を前にした面々は、それぞれにびっくりしたり、少し気持ち悪くなったり、重力を全く気にすることなく楽しみながら記念撮影を楽しんだり。各々のリズムで、それぞれの感覚を掴んでいく様子が見られます。
セザンヌと山口晃のジャム・セッション。子どもたちの反応は?
今回の、山口晃さんがジャムセッションの相手として選んだのは、近代絵画の父として親しまれるポール・セザンヌと、水墨画の大成者として知られる画僧・雪舟。彼らの作品を引用しながら、山口さんが展開した作品や解釈が展示されている展示室へ進みます。アトリエでは、宮沢賢治作の「雨ニモマケズ」の詩を好んで書き写す作品を手がけるこうきさんは、山口さんのセザンヌや雪舟についての解説文に興味津々。
また、まさかずさんはポール・セザンヌの《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》を見て、躍動感のある雲が竜巻に見えたことから、「嵐の中のマンション」と名付け、「スペインの手前の山にある飲食店で、バランスがいい食べ物が食べられる」と、絵からインスパイアされたストーリーを紡いでいきます。
大和絵と西洋絵画の手法を組み合わせ描かれた都市鳥瞰図シリーズのコーナーでは、どんな時代か、どんな場所か、何が見えるか、地図に描かれた家に生きている人たちが何をしているかを想像する姿も。例えば、山口晃さんの《東京圖1・0・4輪之段》に「マル秘」と描かれた部分を、アトリエ・エーでいつも写真を撮ってくれている「阪本さんの家じゃない?」と予想する、よういちろうさんとまさかずさん。色が塗られた地域は、「有名人が住んでいるところ」と、おしゃべりを展開させます。
タイムマシーンに乗って着いたら、歴史が変わっているみたい
真っ白な空間《モスキートルーム》へ進むと、白一色の空間にいると、蚊が飛んでいるような影が見える現象、飛蚊症を自覚する、という新たな仕掛けが待っていました。数分滞在したメンバーたちは、「『の』の形が見えた!下の方から上の方へ向かっていく!」「小さくて黒いものが見えた!」と興奮。
そこから雪舟の山水図を立体化した《アウトライン アナグラム》の部屋へと移動すると、目の運動が効果を発揮し、より奥行きと躍動感さえ感じられます。3Dの山水図を前に、「忍者の地帯。目を瞑ると、ピンクパンサーのメロディが流れてくるような感じ。タイムマシーンに乗って着いたら、歴史が変わっているみたい」しょうまさん。
はるきさんは素材にも着目し、「全部紙でできている。この中に入りたい。動いているみたいに見える!」とワクワクした様子です。そして、作品が置かれた空間を、「斜めな世界」「真っ白い世界」「真っ暗な世界」と色合いで捉えていたゆかりさん。展示の構造にも注目し、作品単体だけでなく、建築全体を体感していることが伝わります。
アートの見方に正解なんてない。インスピレーションを交換する場
作品を見た感覚を言葉にするしないも、鑑賞するスピードもそれぞれです。ひとつ一つの作品で歩みを止め、肯定しながら、「この作品には、こんな伝説が……」とその裏にある物語を自分の中で膨らましていく、ゆういさん。
一方で、早足で進みながらも、気になる絵の前ではピタッと歩みを止め、じっくり鑑賞していた竜之介さん。足を止めていた岡田三郎助 《薔薇の少女》のどこが好きかを尋ねると、質感の柔らかそうなロングスカートの部分を指し示してくれました。
企画展、常設展を通し、コレクター視点で、「家に飾りたい好きな絵を見つけ、写真に撮る」という楽しみ方をしていたのは、つよしさんです。好きな絵を7枚見つけることを目標に、二つの展示室を二周し、悩んだ結果、予想よりも3作多い、10作のお気に入りを写真に収めることになりました。
アートの見方に正解なんてない。自分の内なる導きや感覚に沿って感情のままに漂いたいと思っていても、いざ美術館に足を踏み入れると、頭でっかちについ一つの回答を読み解こうとしたり、上手く言語化することを試みたりしている自分を発見するものです。だからこそ、インスピレーション・ツアーのメンバーがアートと向き合うときの想像力と自由な表現には、驚かされ、豊かな気持ちになりました。
作家たちだけでなく、そこにいるメンバーが、空間や作品、そして一緒に見ている人たちとセッションしながら、アートを身体で体感している。その様子を目の当たりにし、さらなるインスピレーションとエネルギーをもらえるような鑑賞時間でした。
テキスト:小川 知子 写真:阪本 勇
参加した子ども・ユースの発言より(抜粋)
ポール・セザンヌ《サント=ヴィクトワール⼭とシャトー・ノワール》
「青っぽいし、緑もあるし、これは多分、嵐の中のマンション」
(どこの国の山?)「スペインの手前」
(どんな人たちが住んでいる?)「山に登る」
「これは(お気に入りの)一枚目」(写真を撮ってと言われる)ポール・セザンヌ《帽子をかぶった自画像》
「お葬式みたい」(誰の?)「おじいさんのお葬式」(この人が隣の山の絵を描いたんだよ)「多分、死ぬ前に描いたのがこれ(山)」「(セザンヌが絵の中で)ゴッホの物語を書いている、この人はライバルだから」
「机が苦労してる」山口 晃《馬からやヲ射る》
(この大きな人は?)「桃太郎」「射手座」
(後ろにうすく誰かいる?)「おばあちゃん」
(おばあちゃん何をしてる?)「寝てるんじゃない?寝てるか、何か見てる」
(なにを見ているの?)「都庁」ポール・セザンヌ《鉢と牛乳入れ》
「白い器で牛乳を飲みたい」
「これは(お気に入りの)2枚目」山口 晃《アウトライン アナグラム》
「タイムマシーンに乗って明治時代に着いちゃった。でも、歴史が変わると大変。私が消えてしまうから」
山口 晃《趣都 日本橋編》(『月刊モーニング・ツー』[講談社])
「あれは東京駅じゃない?最初はここに日本橋があったけど、これを崩してここから東京駅になったという説があるの」
(男の子を指さして)「あの子誰?『火垂るの墓』に出てくるお兄ちゃんみたい」
「昭和でいうと33年!昭和ってお父さんお母さん世代。昭和から平成になり、私が生まれて、立派に成長しました」作者不詳《洛中洛外図屛風》
(時代は?)「江戸時代だと思う。お城で家康が平和を守ったり、剣を持ったり。例えば千葉と東京の真ん中で戦いが始まるの。あの部屋の中に大名がいて、二人で話し合って、そこから家来ができたり」
「牛が好き。かわいいから。大好きです」ヴァシリー・カンディンスキー《自らが輝く》
「これは、おばあちゃんです」(どうして?)
「赤がもう、入っていて。みた瞬間に顔が浮かびました」「R。Cがある。Oがみっつ」「ブラックケーキみたい」
「これは、わ。かけざん(算数)の、=」アンリ・マティス《オダリスク》
「金の額縁と何かの関係で、森の中で、絵を描いた人の何かの言い伝えがある」
「(絵の中で)読書している本に、ひまわりの花とフルーツの、ある深い言い伝えがある」
「大きいほど、派手な(絵)ほど、レアな伝説がある」
保護者の声
・親子で行った時は周りに迷惑かけないように静かにおとなしく鑑賞するように強いてしまいます。今回はその場で感じた事を語りながら鑑賞できたのでのびのびできたので、楽しかったのでしょう。
・美術館ツアーをとても楽しんでいました。グループで話をしながら作品を見ることが、嬉しかったようです。「2回目のアーティゾン美術館、楽しかったです。また行きたいです!」とのことです。
・他の団体ではまとまって静かに行動させる事が多い気がします。緊張して楽しむ事や感じる事が半減してしまうと思われるので今回のような活動は本来の楽しみを教えてくれるような気がします。
・スタッフの方達が彼らの他愛のない話に耳を傾けてくださり、楽しく時間を過ごすことでおおらかな気持ちでいられるようになることを、今後も期待しています。
・とても楽しかったと言っていました!
「絵を観て多くを受け取っているな」と、言葉ではなく、絵を観ている竜くん本人を見ることによって伝わってくる感情があり、それは言葉ではなかなか伝わらないので歯痒いところがあります。
側で観ていて竜くんがどのように世界を感じているのかとても気になり、少なくとも自分たちが普段やりとりしている概念的な情報の外の感覚に、当たり前のように直接触れている印象を個人的には受けました。とても良い経験をさせてもらいました。あの日の竜くんと絵の間に生まれた空気を、自分の中でも大切にしたいと思います。
こうきくんが一番興味を持った作品は吉田博の《奔流》でした。鑑賞した瞬間に「これ好き!」と言ったので、「この絵のどんなところが好きなの?」と尋ねると、「ゴツゴツした硬い岩の間を川の水が流れているところが薄いピンク色に見えて優しい感じになっているところ」とのこと。私がこの作品を観た感想の範疇では想像できなかった、とても繊細で素敵な答えが返ってきたことに驚き、こうきくんが美術館内のたくさんの作品群をどう見ているのかについて、あらためて興味を持ちました。こうきくんは鑑賞後に再度この作品を観に行っていたので、《奔流》には他の作品にはない、心を揺さぶる何かがあったんだと確信しました。
赤荻 洋子(ファシリテーター/アトリエ・エー 主宰)刺激と新発見が沢山でした。作品だけでなく、美術館全てに対してみんなのセンサーが働いていることに改めて驚きました。みんなの目を通すと休憩用の椅子も、美術館の壁の穴(傷ではなくて、明かり取りのようなもともとの構造)も、楽しいものや体験してみたいものとなることに驚きでした。違いを共有して交換しあうことでそれぞれの感じ方があること、他の人の感覚を通じて新発見する楽しさも体験できたと思います。今回の楽しい発見は、子どもたちの感覚を通して「作品も含めて、五感で美術館を体験して、世界観を味わい尽くす」ということでした。自分だけでは想像もできないような見方をしていることに驚きでした!
西田 友子(ファシリテーター/精神保健福祉士)まさかずさんは、直感で感じた印象を言葉で教えてくれることが多く、作品表現に見出した何らかのインスピレーションから、特に身近なご家族のエピソードや記憶に想像を膨らませていた様子が、あたたかい気持ちになりました。ご両親のこと、祖父、祖母のことなど、絵画からの印象が即座につながっているようでした。アンリ・マティスの《コリウール》では、柔らかくて優しい色合いや明るい雰囲気からか、「夏のスイカ割り」と、初夏のお祭りのように感じたことを教えてくれました。楽しそう、行ってみたいねと話すまさかずさんの想像した風景と、当時マティスが友人と滞在した小さな漁村で、気持ちの良い気候のなか、人々が語り合う情景を画家自身が見ている様子を重ねて想像し、時代や時空を超えたつながりを感じる豊かな瞬間がありました。
藤井 理花(AITスタッフ)ファシリテーター:横須賀 拓、赤荻 洋子、沖 真秀、山口 洋佑、加藤 紗希、西田 友子
鑑賞サポーター:SBI新生銀行グループ 従業員有志
進行:藤井 理花、赤荻 徹
写真記録:阪本 勇
ライター:小川 知子
Special Thanks 参加してくれたみなさん、永井 亮太(ローランド株式会社)
日時:2023年10月28日
会場:アーティゾン美術館
企画:ディア ミープロジェクト by AIT
企画協力:アトリエ・エー
主催:文化庁、NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ
協力:SBI新生銀行グループ、ローランド株式会社
令和5年度文化庁障害者等による文化芸術活動支援事業
「驚きをともに体験する、芸術と精神のインスピレーション・プログラム」
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小川 知子(ライター/編集者)1982年、東京生まれ。雑誌を中心に、インタビュー、映画評の執筆、コラムの寄稿、翻訳などを行う。共著に『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)がある。
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展覧会「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」会期 2023年9月9日[土] - 11月19日[日]
会場 アーティゾン美術館 6階 展示室
時間 10:00ー18:00(11月3日を除く金曜日は20:00まで)
主催 公益財団法人石橋財団アーティゾン美術館
休館日 月曜日(9月18日、10月9日は開館)、9月19日、10月10日
同時開催 創造の現場ー映画と写真による芸術家の記録(5階 展示室)
石橋財団コレクション選 特集コーナー展示|読書する女性たち(4階 展示室)