Report Report|音と光、優しさに包まれた時間 「マーク・トゥ・ザ・ミュージック」上條 桂子さん

コレクティヴ・アメイズメンツ・トゥループ [CAT] のプログラムで開催した音楽と精神のワークショップ「マーク・トゥー・ザ・ミュージック」、上條 桂子さんによるレポートをお届けします。

音と光、そして優しさに包まれた時間  非日常の体験が新たな表現を生む

オランダの医療、芸術、科学の境界を横断する美術館である「ミュージアム・オブ・マインド(心の美術館)」と⽇本でダウン症や自閉症の子どもたちを中心とした絵の教室「アトリエ・エー」、そしてAITが協働し、多様な特性のある子どもたちと伴⾛者が互いに好奇⼼を持って出会い、表現の場をともにつくりだしていくプログラム「コレクティヴ・アメイズメンツ・トゥループ(CAT)」。2022年より活動をスタートしお互いの関係を深めてきた[CAT]が、2023年12月16日に、音楽と瞑想を取り入れた表現ワークショップ「マーク・トゥー・ザ・ミュージック」を開催した。
 
本ワークショップは「⾳楽と精神のインスピレーション・プログラム」として[CAT]が企画したものだ。インスピレーション・プログラムというのは、彼らが行っている日常的な活動に「インスピレーション」を加えることで、新たな表現の場をつくりだすというものである。

これまでに[CAT]では、インスピレーション・プログラムとして、普段は代々木上原の上原社会教育館というスペースで活動している「アトリエ・エー」のメンバーにファシリテーターを加え、都内近郊の美術館を訪れて作品鑑賞をし、その後通常のアトリエ・エーの活動にどんな影響があるのかを時間をかけて観察する「インスピレーション・ツアー」を行っている。「アトリエ・エー」のメンバーが普段の活動で表現するモチーフは、家族での活動や日々食べているもの、見ているYouTubeやテレビ、好きなキャラクター等であり、日常生活がダイレクトに表現されることが多い。「インスピレーション・ツアー」の後のアトリエ・エーでは、ツアーの影響を著しく受けた表現をした子、多少影響は受けているが普段の制作と変わらない子、と多様な表現が生まれた。また、[CAT]における「ミュージアム・オブ・マインド」と「アトリエ・エー」との協業という意味では、お互いの対話を深めるためのトークセッションを行い、「インスピレーション・ツアー」で起きたことを共有し、交流を深めていった。
 
そして、今回は、オランダの「ミュージアム・オブ・マインド」より、リサーチャーのヨレイン・ポスティムス氏の来日が叶い、[CAT]メンバーによる音楽と瞑想のワークショップ「マーク・トゥー・ザ・ミュージック」の開催が実現した。


ワークショップ講師のバックグラウンドは「アート」と「マインドフルネス」

まず、講師を務めるポスティムス氏について簡単に紹介したい。彼女は、「ミュージアム・オブ・マインド」にてマインドフルネストレーナー兼メンタルヘルス・プログラム・マネージャーを務めている。幼い頃の体験でPTSDを患ったポスティムス氏は、ステージの上で歌い踊ることが自己解放の場であった。「アートによって癒やされている実感があった」とポスティムス氏。そして、彼女は学生時代から美術史や文化史と仏教や瞑想、ボディワークにまつわる知見を深め、実践を重ねてきた。美術館でアートや文化にまつわる仕事をしつつ、ボディカレッジではマインドフルネスの先生として、精神に問題を抱えた人たちのカウンセリングを行っていた。

ヨーロッパでは、2017年頃からメンタルヘルスが社会問題として注目されており、「アート」と「マインドフルネス」という二つの専門性を持つポスティムス氏に、文化機関である美術館からの相談が増えてきたのだという。ちなみに、WHOでもアートと健康にまつわる関係性が指摘されていたが、2019年11月に発表された報告書『What is the evidence on the role of the arts in improving health and well-being? A scoping review』では、大きな意味でのアートは、能動的にも受動的にも体験することで、ウェルビーイングに影響を与えているという報告が出ている。ポスティムス氏が個人の体験を通し、実践してきた「アート」と「精神医療」の融合は、世の中からも求められているものだったのだ。

「ミュージアム・オブ・マインド」は、アムステルダムとハールレムに二つの美術館を持つ。ハールレムの美術館は、もともと精神病院だった建物が使われており、精神疾患やらい病の患者を社会から排除し、閉じこめていた歴史を背負っている。また、このハールレムのミュージアムは、そうした排除の歴史を払拭し、精神疾患と社会の歴史を見つめ直すという意義に基づき、オランダの4つの精神科医療機関(GGZ Noord-Holland-Noord、GGZ inGeest、Arkin、Parnassia Group)により、2002年に設立された 。

現在まで、この4つの病院が美術館の財政的な支援を行うほか、それぞれが保持する歴史的なコレクションを美術館に統合している。二つのミュージアムでは、心と体を知り、精神疾患への先入観を取り払うためのさまざまな取り組みがなされている。対外向けのアウトリーチ活動も積極的で、医療関係者や美術館関係者、教育機関などと連携し、自分たちの脳や心、体がどうできているかを学ぶプログラム「Learn more about mind(心についてもっと学ぼう)」、ヤングアダルト層の子どもたちに向けたメンタルヘルスについてみんなで話をする、対話プログラム「Word Up」など、心、体、精神にまつわるさまざまなプログラムを実践している。


「音楽」と「精神」のワークショップ  いよいよスタート!

「マーク・トゥー・ザ・ミュージック」という音楽と瞑想のアート・プログラムは、2017年にオランダはアムステルダム最⼤の⾳楽イベント「Amsterdam Dance Event(2022)」にて行ったもの。ポスティムス氏が瞑想ガイドを務め、アンビエント⾳楽を聴き、⼼を解放しながら表現を行った。

今回のワークショップは、その実践をベースに、AITと「アトリエ・エー」、「ミュージアム・オブ・マインド」の3者で企画。⾳楽ゲスト4名(⾼野 寛、齋藤 紘良、安永 哲郎、藤村 頼正)を迎え、アンビエント音楽をライヴで演奏しながら、「アトリエ・エー」のメンバーが表現を行っていく。会場となったのは、東京・世田谷区にあるカトリック教会の敷地内にある、戦後に米軍から放出された建物「かまぼこ兵舎」である。
 開催した日の天候は晴れ。冬らしい穏やかな日差しがかまぼこ型の天井に差し込み、ぽかぽかとしたあたたかな光が全体を包み込んでいる。空間には、床でごろごろリラックスできるように全面に絵が描けるよう紙が敷かれ、色とりどりのパステルカラーのビーズクッションが置かれていた。メンバーたちが初めての場所に馴染める配慮だろう。

会場に入ると子どもたちはすぐにクッションを集めてごろごろしたり、クッションを抱きしめたり、上に乗ってみたりと楽しそうな様子。小さい音で音楽は鳴り始めており、ミュージシャンたちはそれぞれの機材をチェックするなか、その様子を興味深げに見る子も。きっと参加者にとって初めて訪れる場所だと思われるが、比較的子どもたちの表情は穏やかだ。ポスティムス氏は一人ひとりの参加者たちに、穏やかに話しかける。参加者の紹介が終了し、いよいよワークショップがスタートする。まずは小さな音が鳴り始める中、ポスティムス氏がゆったりとした口調で話し始めた。
「目を閉じた方が落ち着くのであれば閉じてもいいです。いま鳴っている音に耳を傾けてください」

 


空間が音と光で満たされ、その場にしかない「何か」を感じ取る

すると、楽器の方に興味が向いていた子どもたちも目を閉じたり、でも目を開けたままの子もいたり、床にごろんと横になってしまった子、ビーズクッションをなで続ける子、祈るような姿勢をする子、大きなあくびをする子、それぞれのやり方で音楽に耳を傾ける。

「音楽がゆっくりゆっくり変わっていくのを感じながら、いま自分がここにいるというのをしっかり確かめて」

「音楽を耳で聴いているけど、体の別の場所で感じて、おなかで感じたり、体の内側で感じてみて」

「音楽を聴いて、今、何を感じている? 音楽と一緒に体を動かしてもいい」
「感じている気持ちに色があるとしたら何色? 感じている色を描いてみて」

ポスティムス氏は、音楽が鳴っている間に、少しずつ、ゆったりと参加者に語りかける。時間が経つにつれて、だんだんと音色が変わり、鈴の音が弾むようなリズムで少しずつ華やかになってきた。「感じたことを紙に描いてみよう」というポスティムス氏の言葉に子どもたちが動き出し、画材を手にし、床に色と線が広がっていく。

黙々と線を描いている子、細かい線の連なりを描く子、海に浮かぶヨットのようなものを描く子、虹、空、ふわふわとしたイメージを描く子もいた。


現場にいた参加者みんながインスピレーションを与え合う

「音楽を聞いてイメージした色は水色で、朝の穏やかな波を思い浮かべました」
 
「チェロが美しいから、音楽を聴いていたら描きたくなった」

終盤、音楽がだんだんとリズミカルで賑やかになっていく。すると、数人の子どもたちは気分が盛り上がってきたのか、大きな紙の上で裸足になり、紙の上で踊るように絵を描き始める。

そんな風に周囲の音楽の変化に身体が反応するように絵を描く子がいる一方で、周囲の音や起こっていることなど気にしない様子で手元で集中して絵を描いている子もいた。

「そろそろ発表します」という赤荻さんの声で、一旦制作は終了。次に一人ずつ今日制作した作品をみんなの前で発表する。いつものアトリエ・エーのスタイルだ。

一人ひとり、今日描いた絵についてポスティムス氏に説明し、何を描いたのか、どんな気持ちだったか、音楽の変化で絵がどう変わっていったかをシェアした。子どもたちは、感じたことをすべて言葉にできるわけではない。しかし、ポスティムス氏は、一人ひとりが語ることはもちろんだが、絵とまっすぐに、優しく向き合い、ゆっくりと、根気よく彼らが発するメッセージや気持ちを聞き取ろうと務めた。

限られた時間ではあったが、みんなの絵とその場にいる全員が向き合い、みんなで時間と空間を分かち合う、非日常的な体験となったことだろう。また、決まった音源の音楽を流すのではなく、ライブでの即興演奏をしたというのも、大きなインスピレーションとなっただろう。きっとおおまかな流れは決められていたと思うが、子どもたちの反応や感情をダイレクトに受け、演奏自体も変容していったのではないか。その場にいた人々が、互いに影響し合い、特別な空間が生まれていたように感じた。

テキスト:上條 桂子  写真:阪本 勇

参加者のコメントを一部抜粋して掲載したい。

参加者の声

あれは夢のような光が差し込む日でした。
その光は人から人へと反射し、ついには彼らが導き出す色となって紙々に表出しました。
僕たちの演奏も次々と色彩へと変換され、やがてひとつの大きな光へと吸い込まれていくありようがとても心地よかったです。

齋藤 紘良(音楽家)

楽器の音も、紙を踏みしめる音も、誰かの息遣いや笑い声も等しく知覚する。
聞こえていなかった音が聞こえ出し、いつもと少しちがう作品が生まれる。
誰もが表現の主体でありながら、同時に環境そのものにもなることで立ち上がる場の豊かさをじっくりと楽しめた一日でした。

安永 哲郎(音楽家、アトリエ・エースタッフ)

いつも緊張が強いのですが、静かに流れる音楽、リラックスできるクッションや寝転んだりもできる空間、それからヨレインさんの語りかけの中のびのび楽しみながら描いていました。子どもたちそれぞれのやり方でリラックスしながら会場の雰囲気や音楽にインスピレーションを得て描いていました。

保護者

瞑想や音楽が想像以上にこどもたちにフィットしていたことが驚きで、大人っぽいもの、という思い込みが打ち砕かれよかった。

保護者

娘は「音楽聞いてなかった!」と衝撃の発言をしましたが、ミュージシャンの方が「聞こえないほど夢中で書くことに遊んでくれたのがうれしい」ともおっしゃってくださいました。ですが、音楽が流れていたことが、間接的に作用した何かがあった気もしています。

保護者

ヨレインさんの言葉を真摯に聞き、そしてそれに応えようと頑張っていたように見えました。人の気持ちを汲み取ろうとしていた姿に感動しました。

保護者

最初、子どもに瞑想やアンビエントミュージックはハードルが高いと勝手に感じていたのですが、大人の思い込みを飛び越えていた。

保護者

静かに音楽が鳴るなか、子どもたちは最初からとてもリラックスしていました。ヨレインさんの語りかけに応じて瞑想すると、みんな自然に集中し楽しんでいて、素敵な作品が生まれました。子どもたちからそのような表現や反応が現れたことにとても驚きました。今までにない新しいワークショップ、素晴らしい体験でした。

前田 ひさえ(イラストレーター、アトリエ・エースタッフ)

描いている紙をはみ出して床にまで描いたり、石に描いているのを見ると普段いかに「描く」という行為が四角い紙という媒体に制限されていたかに気付かされる思いでした。さらに発表で、「すべてのはじまりの木」を描いたと説明してくれていましたが、インド・ムガール朝の細密画などに生命の根源として木をモチーフにした絵があったりするので、音の波動などから感覚的に生命の流れを感じ取っていたのかもしれない、などと色々な想像が膨らみました。

山口 洋佑(イラストレーター、アトリエ・エースタッフ)

アンビエント・ミュージックを聴くことや瞑想をすることなど、7歳の子どもにできるのかしら?と心配していたのですが、音楽と瞑想で子どもたちがすごくリラックスして自由に絵を描き始めた姿を見て、深く感動しました。子どもだからといって、私自身が大人の考える子どもっぽさを押し付けたり、リミットをかけてしまっていたことを反省するとともに、大人である私自身にとっても大きな学びになりました。
最後は自らの足の裏をつかって絵の具で自由に描いたり、大人たちひとりひとりとの対話からも素晴らしい影響を受けたようでした。ありがとうございました。ぜひまた新たな挑戦をできるご機会をいただけたら嬉しく思います。

小林 エリカ(漫画家、作家、アトリエ・エースタッフ)

このプログラムは「ミュージアム・オブ・マインド」で大人向けに実践したものですが、今回のようなチームで作り上げるのは初めての経験となりました。最初はすごく緊張していたのですが、素晴らしいミュージシャンと信頼感のおけるAITチームとで、非常にいいコラボレーションになりました。アートを見たり、作ったりすることは、言語を越えたところで、他者に対し深く見たり、聴いたりすることができる、素晴らしい方法だと思います。

ヨレイン・ポスティムス(ミュージアム・オブ・マインド)

想像していた通り、とても自由で、すぐに感想を言葉にはできない、とても素晴らしいイベントでした。音を絵に表現するなんて、自分が聞いても難しいようなことですが、みんなとても明るく楽しく、一生懸命表現しようという気持ちが溢れ出ていたので、これは成功と言ってもいいと思う。いつもとは違う彼らの姿が見られたのはすごくよかった。いつもと違う場所に行ったり、違う環境でコミュニケーションを取ることの大切さを、彼らの表現を見て感じました。

赤荻 徹(アトリエ・エー主宰)
プロフィール
  • 上條 桂子
    フリーランス編集者。雑誌や書籍の編集執筆を行う。アトリエ・エーには、スタッフとして2013年頃より活動に参加している。