Column|自然をつうじて回復を促す、ケアガーデン

2023年7月に、AITスタッフがオランダを訪問し、芸術、福祉の領域でアートとメンタルヘルスの実践を行う美術館や福祉団体、アートスペースなどを訪問しました。このミニコラムでは、スタッフがリサーチした、引きこもり経験のあるユースや、心の問題ほか生きづらさを抱える方々の、農園作業をつうじて社会参加を促す仕組み「ケアファーム」や「ケアガーデン」について紹介します。

ヨーロッパでひろがるケアファームと、オルタナティヴなケアガーデンへの訪問

ケアファームは、1990年代頃にヨーロッパ各地で広がった、障害のある人や社会的弱者の支援の一つとして、農業をつうじた支援の取り組み。ケアファーム、ソーシャルファームなどの呼称で知られ、オランダではワーヘニンゲン大学を中心としたさまざまな研究も行われている。

アムステルダム中心部から1時間半ほど鉄道・バスを乗り継いだ郊外にある「Care Farm De Moestuin van Jagtlust 」は、オランダ国営のアーティスト・イン・レジデンスプログラムを行う、オランダ国立芸術アカデミー(ライクス・アカデミー)のコミッティーメンバーとして長年関わったメンバーや、元オランダ国立美術館スタッフなど芸術関係者のほか、児童精神科医、ファイナンシャルプランナーの4名が立ち上げた、オルタナティヴなケアガーデンだ。

このケアガーデンでは、特に引きこもり経験や心の問題を抱えたユースが、自分自身の関心を生かしながら参加・運営に主体的に関わることができる仕組みを取り入れている。
そのほか、認知症、アルツハイマーの方も、野菜や植物・花を育て、楽しみながら自分のペースで参加できるようなひらかれた場所になっている。元はオランダの貴族が所有していた邸宅の敷地で、現在は文化遺産として保存されている。400年以上の歴史ある建物と庭を活用した、小規模なパーマカルチャースタイルの庭園と畑が特徴的だ。現在、地元の社会福祉法人と連携し、施設利用者の通所型サービスとしての受け入れも行っている。


400年前に温室として利用されていた煉瓦作りの花壇は、新たにガラス窓が取り付けられ、菜園スペースとして活用されている。そのほか、建築的価値の高い納屋を、近隣の企業にミーティングスペースとして貸し出し、収穫した新鮮な野菜や果物を使ったオリジナルの料理を提供するサービスが行われている。郊外のケアガーデンでのこうしたプログラムは、社員教育やミーティングの場として企業に人気があり、企業からの安定的な収入がケアガーデン運営の大きな支援となっている。また、収穫した野菜を近隣住民にも販売し、好評を得ている。


人をケアする場所ではなく、自然を通じて自分自身がケアされていく場所

奥に広がる庭には、ハーブや季節の花々、草木がワイルドに植えられており、メンバーがゼロから試行錯誤しながらつくってきたという、自然本来の生命を尊重した生き生きとした庭がある。その背景には、その土地に自生する植物や宿根草(何年も生育と開花を繰り返す、多年草の一種)を使った自然主義の植栽手法を広めた先駆的な庭づくりで知られるオランダのガーデンデザイナー、ピィト・アゥドルフや、「庭の自然性」を重視した、ヘンク・ゲリッツェンの影響も少なからずあるという。こうした哲学からは、メンバーたちがいかに人工的につくられた環境ではなく、自然のままの環境づくりにこだわっているかが伺える。

庭を散策中、あちこちに訪花するハナバチの姿を撮影していたところ、メンバーが「ここでは養蜂もしているよ」と話しかけてくれた。庭の片隅では西洋蜜蜂の養蜂も行われており、訪問した日は暖かい日差しのなか、巣箱に忙しく出入りする蜜蜂たちの姿があった。ユースのひとりが巣箱の場所まで案内してくれて、彼らが日々、小さな蜜蜂の世話を担当していることを教えてくれた。個人的に都市養蜂に携わり学んでいる身としては、蜜蜂飼育のつながりは嬉しい。

ボランティアスタッフは、その日の気分・体調により無理なく活動に参加できるよう配慮されている。1、2名の利用者につき1人のスタッフあるいはボランティアがケアをする体制で、送迎サービスはなく、基本的には自分で来られる通所者のみ受け入れをしている。「人をケアするための場というよりは、参加者自身が自然を通じてケアされていく場所に近い」と語る。

オランダではさまざまな規模や形態でケアファームが運営されているなか、このケアガーデンではゆるやかで自由な運営を心がけているため、ソーシャルファームの中でも珍しいケースかもしれない、ほかの多くは、もう少しシステマティックに運営されているという意見もあった。

ケアガーデンを訪れて印象的だったのは、設立メンバーもボランティアのユースも皆、肩書きや立場に関係なく、心から庭づくりや畑仕事に、楽しみながら関わっていることがその表情に現れていたことだ。ユースの一人は、自分が担当で大切に育てているというトマトやハーブ、また、ガーデンで飼っている犬たちの名前やそのエピソードを、少し照れながらも誇らしげに伝えてくれた。 

オランダのケアガーデンを訪問し、草花や昆虫、小さな生命も尊重しながら、自然をつうじて対等な関係性で過ごす人々の姿に触れ、改めて、働き方の選択や、自然と関わる姿勢について、考えをめぐらせた時間だった。

設立メンバーの一人に、今後の活動についてお聞きしたところ、現在進めていることのひとつに、難民の方達への支援のひとつとして、別の場所でのケアファームの立ち上げを構想しているという。

さまざまな背景や事情から社会から孤立しがちな方や、精神的な問題を抱える方ほか、個々のニーズや関心に合わせて、このような農園や庭園、動物の世話など自然を通じてゆっくりとメンタルヘルスや自己肯定感の向上につなげる仕組みは、日本の福祉制度や教育の現場、ケアとアートの取り組みにおいて、参考になる活動のひとつではないかと思う。

訪問先 Care Farm De Moestuin van Jagtlust
所在地 Leeuwenlaan 44a, 1243 KB ’s-Graveland(オランダ)
訪問日 2023年 7月 25日(火)
意見交換参加者:ミラ・コー、ディアンヌ・ヴァン・アス(Moestuin van Jagtlust)、ハンス・ルイエン(ミュージアム・オブ・マインド ディレクター)
ヒアリング協力:ユース 3名

 


テキスト・写真:藤井 理花