Report IFCA × AIT ラウンドテーブル Kids & Youth / Art / Society

IFCA × AIT ラウンドテーブルより Photo by Takaaki Asai
IFCA × AIT ラウンドテーブルより Photo by Takaaki Asai

制度や枠組みを超えた福祉とアートのつながりや、社会の課題にアートがどうアプローチできるのでしょうか。そうした関心から少しずつリサーチを重ねてきたAITが、2016年に東京で出会ったのが、日本とアメリカの児童福祉をつなぐ様々な活動をするNPO団体、IFCAのメンバー。そのIFCAのエグゼクティヴディレクター粟津美穂さんのご紹介により、児童福祉の現場で長年経験を積んだ専門家と、IFCAのベテラン・ユース達の来日に合わせて開催されたラウンドテーブルのレポートです。

 

はじめに

制度や枠組みを超えた福祉とアートのつながりや、アートの社会課題との関係性や役割について考えてきたAITが、2016年に東京で出会ったのが、日本とアメリカの児童福祉をつなぐ様々な活動をするNPO団体、IFCAのメンバー。 米国シアトルを拠点に活動するIFCAの立ち上げメンバーである、粟津 美穂さん(IFCAエグゼクティヴディレクター)は、1978年の渡米以来、時事通信社ロサンゼルス支社の新聞記者として子どもや女性の権利に関する記事を取材してきました。90年以降は地域のDV被害者のための施設やユース・カウンセリングに携わってきました。その他少年院やカリフォルニア州立精神科病院のソーシャルワーカーとしての経験など、多岐にわたる活動を元にIFCAを立ち上げました。ご自身の父親である、グラフィックデザイナー粟津 潔さんの影響もあり、幼い頃からデザインや芸術は身近な存在だったといいます。 今回のラウンドテーブルは、そのIFCAの粟津さんのご紹介により、児童福祉の現場で長年経験を積んだ専門家と、IFCAのベテラン・ユース達の来日に合わせて開催されました。

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はじめにAITの紹介をする、堀内奈穂子 Photo by Takaaki Asai

社会的養護の当事者であるユースの声を発信することを中心に活動してきたIFCAは、その成り立ちと、米国の児童福祉の現状を発表しました。来日したユースも自身の経験を振り返り、参加者へ伝えました。日本からはレインボーフォスターケアの藤 めぐみさんが、LGBTの里親・子ども支援の視点から児童養護施設等のLGBTの子どもへの対応の課題や同性カップルの里親の事例について触れました。アーティスト清水 美帆さんは、自身がコーディネーターを務めたLGBTをテーマにしたオランダと日本の国際イベントについて話し、様々な立場の人が垣根を越えて交流するプログラムの重要性を話しました。

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作品の解説をする、アーティストのローリー・ピルグリム Photo by Takaaki Asai

また、同時期にAITのレジデンシー・プログラムで日本に滞在していたローリー・ピルグリムは、様々なマイノリティーグループや幅広い世代の人々とのコラボレーションとその可能性について作品上映を交えて紹介しました。

AITは、現代アートの教育プログラムやレジデンス活動を始めた経緯とともに、児童養護施設を含む様々な環境にある子どもたちとのアートを通じたプログラム、dear Meの取り組みを紹介しました。

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dear Meの取り組みを紹介する、藤井理花 Photo by Takaaki Asai


IFCAについて
IFCAはインターナショナル・フォスターケア・アライアンスの略で、2012年に設立。IFCAの目的は二つ。一つは日本とアメリカの社会的養護の当事者たちの交流と恊働を実現すること。もう一つは真に「子ども中心」の児童福祉と虐待防止の方法を追求し、これらを実践するため、そして虐待をうけた子どもの日々のケアにあたる人たちが最良の支援を受けるために、日米の専門職が連携する場を設けることである。

IFCAの3つの主要なプログラム

●ユース(社会的養護の当事者):米国と日本にそれぞれチームがあるユースは、交流を通してお互いのフォスターケアのシステムを学び、改良できる点を見つけ出す。

●ケアギバー(子どものケアにあたる人たち):ケアギバーは里親の集まり。里親コミュニティを作ることは、養子の家族への偏見を減らすことに繋がる。

●プロフェッショナル(児童福祉の仕事に携わる人たち):ソーシャルワーカーや臨床心理士など、日本と米国で、児童福祉の分野で働く専門職の人たちが、トラウマの研究やカウンセリングを行う。


「変化は自分の中から起きないといけない」

峰下 拓 さん(IFCA理事・ワシントン州チルドレンズアドミニストレーション)

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IFCA 峰下拓氏 Photo by Takaaki Asai

IFCAの創設メンバーでもある峰下 拓さんは、アメリカの大学で心理学を習得、卒業後はシアトル・チルドレンズ・ホームで行動・感情(気分)障害のある少年たちのカウンセリングやスタッフトレーニングに関わり、その後は施設長としても勤務した経験を持ちます。ワシントン州の児童保護局勤務を経て、現在はワシントン州児童保護局オリンピア本部にて州全体のメンタルヘルスシステム統合プログラムの主任を務めています。今回、IFCA理事としての活動でシアトルからユースチームとともに来日し、様々な関係機関や団体とのプログラムを行なっています。


—IFCAが大切にしていることは何ですか?

「IFCAは関わる人たちの関係性の構築を大切にしていて、dear Meの“子ども達の視野を広げたい”という姿勢と共通するところがあります。人間が、他者との関係から人格を形成していくとしたら、視点やチャンスを広げるために様々な人と関わることが非常に重要になってきます。」

—アメリカの児童福祉の現状や課題、IFCAの目標は?

「アメリカの児童福祉の現状をグラフにした数字でみてみると、施設を後にする子ども達より、施設に入る子ども達の方がはるかに多いことがわかります。最終的な目標は、IFCAのような活動自体が無くなることです。また、2015年から里親家庭で暮らす子どもの数は減少傾向にあり、そして大抵、施設に入った子どもは1年から2年間、施設でケアを受けます。精神的な虐待を受けた子どもはそれより長く、幼い子どもよりは年配の子どもの方が長くいる傾向にあります。施設に入る子どもより、施設を後にする子どもたちを増やすことが課題です。」

—目下の課題とその対応は?

「特に、貧困が主要な問題で、子どもが施設に入った後では遅いため、経済的に養育が困難な家庭を見つけたら、いち早くサービスを提供することが重要です。そして、そうした子どもたちと接する時は、なぜここにきたのか、そしてどこに行くのか、常に、いつ、誰と、何を、どこでといったことを伝え、物事のつながりをきちんと教えてあげることが大切です。」

—IFCAの活動意義について聞かせてください

「IFCAの活動がなぜ重要かというと、未来やこれからの世代のためです。もし、私たちがシステムや政策を変えたいと思うのであれば、まずは自分自身のことから見つめ直す必要があります。変化は自分の中から起きないといけません。」


「自分のストーリーを語ることで、数字に顔をつけたい」

ティモシー・ベルさん(IFCA理事・NPOチルドレンズコミッティ勤務・ワシントン大学大学院行政学専攻)

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ティモシー・ベル氏 Photo by Takaaki Asai

元IFCAのユースメンバーだったティモシー・ベルさんは、18歳までアメリカでフォスターケアシステムの元で6年間暮らした経験を持ちます。IFCAの理事に就任する前まで、個人としてもIFCAのユースとしても州や連邦政府レベルで児童福祉改革のリーダーとして精力的に活動をして来たベルさん。ホームレスや精神疾患など、困難な状況を経験した当事者だからこそ、その経験を力に児童福祉のより良い在りかたを探っているといいます。

「私は、峰下からのIFCAの紹介にあった子どもたちの置かれた状況に自分のストーリーを加えることで、そうした子どもたちの『顔』が見えるような話をしたいと思います。辛い経験を自分に、そして他の人に話すことには意味があると考えられるようになり、自分の体験を語るようになりました。」

—ティモシー・ベルさんのStoryを教えてください

「ガールフレンドと私が休暇を楽しみにしていたある日、弟から、母が亡くなった、と突然の電話がありました。私は、母との関係が複雑だったため、どう反応すればいいのか全くわかりませんでした。
記憶に残っているのは、12歳の頃のこと。デパートのおもちゃ売り場で、背後に気配を感じ、その途端に腕に強い痛みを感じました。母に “ うるさすぎる!皆が見ているわ。家に帰ったら覚えておきなさい。 ”と言われ、もううんざりだ、と思って母親に向かって言い返し、そのまま自転車に乗って店から逃げ出しました。家に戻ると荷造りをし、そのまま一夏をホームレスとして過ごしました。保護されて里親システムに入ったのは、その直後のことでした。

大人になってから、亡くなった母の家を片付けることになった時のことです。汚い部屋をどうして私が片付けなくてはいけないのか、と怒りがこみ上げて来た時、母の部屋から自分の乳歯や幼い頃好きだったおもちゃが出てきました。さらに、 “ 私は悪い人間だ、とても寂しい、死にたい ” と書かれた、誰に宛てたものでもない手紙も見つけました。 小さな部屋の、母が亡くなった場所に呆然と立ち尽くしていた時、彼女も人間で、同じひとりの個人だったことに気づき、家族という概念を改めて考えるきっかけになりました。」


「IFCAのコミュニティーに参加して、自分の意味を見出すことができた」

ダニエル・ルゴさん(IFCA米国ユースチーム・ワシントン大学政治学専攻)

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左からIFCAユースのダニエル・ルゴ氏、メリッサ・ラップ氏、ティモシー・ベル氏 Photo by Takaaki Asai

ダニエル・ルゴ氏がIFCAの米国ユースメンバーとして来日したのは今回で2度目。IFCAの若手リーダーとして活動するルゴさんは、今回の来日を最後に、ユース活動は終了し学業に専念するとのことでした。これまで大勢の人の前では一度も話すことはなかったという、自身のストーリーを語ってくれました。

—ダニエル・ルゴさんのStoryを教えてください

「初めて人前で自分のことを語ります。母は14歳の時に妊娠して私を産み、その翌年に妹を産みました。貧しくも良い家庭でした。ですが、私が中学生になった頃、父が家を出て、新しい生活を始めると決めたとき、子どもの時に大人になってしまった母の精神状態が悪化して、いつも死ぬことを口走っていました。追い詰められた母から私は、ネグレクトや暴力を受けるようになっていきました。でも、このことはずっとほかの人には言いませんでした。

私はだんだん鬱の状態が進行して、カウンセリングを受けるようになり、彼らの勧めで薬を飲むようになりました。ある日大量の睡眠薬を飲んで死んでしまいたいほどに追い込まれました。しかし、母は “ それでは(死ぬには薬の量が)足りない ” と言って笑いました。このことがきっかけで、学校のカウンセラーが警察に通報し、里親システムに入ることになりました。
こういった経験を通して、これまでは自分を価値の無い人間だと思い込むようになっていましたが、IFCAに参加して、ほかのユースたちと出会えたこと、こうしたコミュニティーが必要とされていることは、私に意味を与えてくれました。」


「同情ではなく、共感することが大切」

メリッサ・ラップさん(IFCA理事・ワシントン大学チャンピオンズ・プログラム ディレクター)

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メリッサ・ラップ氏 Photo by Takaaki Asai

社会的養護における自立支援の専門家であるメリッサ・ラップさん。キャンパスを中心とした革新的な自立支援プログラムの構築だけでなく、イベントの企画など学生たちと日々身近に接しながらサービスの提供をしています。

「私は、フォスターケアを経験した子どもたちのカウンセラーを務めています。トラウマで気をつけないといけないところは、脳の言語を司る部分へもダメージを与えられてしまうこと。その結果、言葉で自分の経験や感情を表現することが厳しくなるのです。そのため、芸術で自分を表現できる場を提供することにとても価値があると思います。」

—子どもとの関わりで気をつけていることはありますか?

「子どもたちは施設や里親を転々とすることがあるので、活動を行う際ははっきりしたスケジュールと情報を提供し、子どもに安心感を与えるようにしています。さらに、大人への信頼を増やすためには “ さようなら ”、“ またね ”という言葉を普段より意識して言う必要があります。なぜなら、子どもたちは次はいつ会えるのか、全くわからないまま日々を過ごさなければならないからです。常に同情ではなく、共感を持つことが大切です。」

—フォスターケアを周知する活動はどのように行なっていますか?

「オレゴン州にいる施設の子どもたち一人ひとりを象徴した風車を海岸に展示するワークショップを開催したことがあります。風車の数だけ、子どもの存在があるということを伝えたかったのです。また、別のプロジェクトでは、『施設から有名人へ』というプロジェクトも行いました。これは、スティーブ・ジョブズやハリー・ポッターのように里親の元で育った著名人や成功者の紹介を介して、里親に焦点をあてるプロジェクトです。」

—政府へのアクションについて、聞かせてください

「アメリカでは、モッキングバード・ソサイエティ ※1 というワシントン州にある非営利組織が政府に対してユースを通じてフォスターケアの声を上げています。IFCAは個人の層からアプローチしています。」

※1:モッキングバード・ソサイエティは、米国ワシントン州シアトル市にある非営利組織。「モッキンバード・ファミリーモデル」という、里親養育の最大の利点である個別の家庭での養育を尊重しながら、家庭同士が支え合う仕組みを構築する方法を生み出した。


「多様な子どもたちがいて、多様な家族があって良い」

藤 めぐみさん(一般社団法人レインボーフォスターケア 代表理事)

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Photo by Takaaki Asai

LGBTの里親支援・児童福祉におけるLGBTの子どもの支援など、LGBTに対する偏見に風穴を開けたいという想いから2013年にレインボーフォスターケアを設立した藤めぐみさん。欧米では同性のカップルが障害のある子どもの里親になるケースで良い里親家庭のモデルになった成功事例があり、日本でも取り入れることが可能ではないか、というところから、リサーチや発信を通じて、児童福祉の改革の可能性を探っています。

「普段はマイナスに捉えられがちのLGBTですが、見方を変えれば一気にプラスの立場になることもあります。正しい認識が広がれば、偏見は無くなるのではないでしょうか。」

—リサーチから見える、児童福祉とLGBTの関係について

「アメリカでは、LGBTの子どもたちが、セクシュアリティにより家族から受け入れられず、ホームレスになったり、社会的養護のもとで暮らしているという現状があります。 日本では、講演活動を続ける中で、児童養護施設職員がLGBTの子ども達の対応に戸惑っていることがわかり、実態を知ろうと2016年に全国の児童養護施設、約600施設へアンケートを実施しました。
実施する前は閉鎖的な印象でしたが、実際は220施設から回答を受け取り、そのうち4割の施設にLGBTの子どもがいる(あるいは過去にいた)可能性がでてきました。具体例として、同性の子どもとお風呂に入りたくない、女子児童が制服のスカートを着たくない、という声が子ども達からありました。(※2)」

—海外の先進的な事例と日本での取り組みについて

「数年前、ワシントン州シアトルで同性カップルの里親や支援団体から話を伺いました。70年代のアメリカで、同性カップルには自分の子どもを預けられないという声が上がり、里親になりたいという同性カップルには、引き取り手の少ない、障害を持つ子どもを預けるケースが多く存在したのです。
しかしながら、子どもを引き受けた同性カップルたちの家庭は愛情豊かに子どもを育て、社会的に高い評価を得ました。実際に、70年代に同性カップルが育児放棄された障害児を育てた実話を元にしたアメリカ映画『チョコレートドーナツ(原題: Any Day Now)』も2012年に公開され、世界中で話題を呼びました。

こうした事例は、同性愛に対しての偏見を壊す一歩になると思っています。 日本では、同性であっても成人した大人が2人以上いる家庭では問題なく里親になれるはずですが、実際は市役所から申請が無視されるケースが現在も多く存在します。 世界の事例や日本の状況を発信することで、多様な子どもたちがいること、そして、多様な家族があって良いことを伝え続けていきたいと思います。」

※2: レインボーフォスターケアの「児童養護施設における性的マイノリティ(LGBT)児童の対応に関する調査」の報告書は、2017年5月に公表されました。報告書は同年6月に国会で資料として配布され、同年8月には、厚生労働省から全国の児童福祉主管課に「児童養護施設等におけるいわゆる性的マイノリティの子どもに対するきめ細かな対応の実施等について」の通知が出されました。詳細はこちら


「国は違っても根本にある課題は同じ。大事なのはディスカッションを継続すること。」

清水 美帆さん(アーティスト)

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Photo by Takaaki Asai

アーティストとして活動する傍ら、2016年と2017年にオランダ王国大使館とSHIBAURAHOUSEが共同して企画したプログラム「nl/minato」のコーディネーターを務めた経験を持つ清水美帆さん。「nl/minato」は、オランダが掲げる主要の公共政策であるLGBT、ジェンダー、メディアをテーマに、それぞれに相応しい人をオランダから日本に招聘する企画。オランダと国内で行った事前リサーチを元にして、LGBTについて考えるイベントが2017年3月に東京で開催されました。

—どのような方々と協働したイベントでしたか?

「招聘したのは、オランダで1984年に設立され、オランダ国内に24箇所の支部を持つCOCというLGBTの団体の代表です。アムステルダムの本部と地方支部が連携しながら、ローカルな問題に対応しつつ国へのロビー活動などをしています。国際的なプログラムも行い、積極的に海外に出向いて地域に根付いた問題の解決サポートも行っています。残念ながら日本にはまだこのように長い歴史を持つLGBTの団体は存在しません。」

—リサーチやイベントから見えてきたことは何ですか?

「オランダと日本では違いも多いのですが、共通点も多くあることです。オランダがLGBT先進国とされる理由の一つには問題を早期に発見することに務め、解決に挑むことができる環境があったからだと思います。

日本ではオランダと事情が異なり、問題解決にかかる時間や方法も違います。しかし、どちらの国でも根本にある課題は同じです。イベントで体験を共有し、このようなラウンドテーブルの場でディスカッションを継続することはとても大事なのではないでしょうか。」


「私にとっても参加者にとっても一番良い結果は『思ってもいなかったことが起こった時』」

ローリー・ピルグリム(イギリス出身アーティスト/2016年AITレジデンスアーティスト)

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Photo by Takaaki Asai

エクササイズ/プレゼンテーション
「What do we hope to become?(私たちは何になりたいのだろう?)」

ピルグリム:「目を閉じて…. わたしのことばのあとに続いて、繰り返してください。」

参加したメンバー全員、目を閉じてピルグリムの指示に従いながら、発せられた単語を静かに繰り返しました。瞑想のようなエクササイズが終わると、ピルグリムからこれまでの作品について、スライドと映像で紹介しました。

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Photo by Takaaki Asai

オランダを拠点に活動するローリー・ピルグリムはソーシャリー・エンゲージド・アートやフェミニストたちのアート表現に特に影響を受け、学校や教会、アートフェア、公共の場、そしてテレビなど多様なメディアで幅広い層の人々と恊働し、『解放』をテーマに、人々が声をあげるための言語の獲得の必要性やその成功や失敗の過程を考察する作品を制作しています。

特に、マイノリティグループや若者たちとの恊働で制作することが多く、代表的な作品に、オランダ、アムステルダム市立美術館のリニューアルオープンの際に、十代の若者と共に彼らの世代の声を賛美歌として美術館へ届けるためのスピーチを演出したパフォーマンスがあります。また、2013年から2016年に制作された《聖なる宝庫/Sacred Repositories》という三部作の映像作品では、世代間の対話から言葉の発見と奪還を目指し、言語がなおも急進的な媒介となり得るかについても探求しました。

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Top and bottom left: Sacred Repository N.3: THE OPEN SKY HD Film, 2016 Bottom right: Affection is the Best Protection Performance Land Art Live, Flevoland, NL 2015

ピルグリム:「政治はいつも一方的な答えしか与えてくれないのではないでしょうか。しかしその答えの前には必ず問いがあるはず。答えだけではなく、その問いかけをする人々の話を聞く必要があると、私は考えています。 」

—どうやって集団や人を動かすのですか?

「関わりを構築するとき、まずは、自分のところに集まってきた、来る必要があった人たちは誰なのかを考えることから始まります。そして人々からの信頼を得て、一緒に制作を進めながら、どこで自分が参加者たちを導き、新しいものを見つけてもらうことができるのか、そのタイミングを意識しています。

自分にとっても、参加者にとっても、一番いい結果は『思ってもいなかったことが起こった』時です。」

—このような作品を作り続けるのはなぜですか?

「私にとっての作品づくりは、人の話を聞く手段の一つです。作品を通して、場を作りたい。“The Personal is Political/個人的なことは政治的なこと” と言うスローガン(※3)があります。 私はこの方法で変化を生み出したいのです。」

※3: The personal is political/個人的なことは政治的なこと:1960年代以降のアメリカにおける学生運動および第2波フェミニズム運動におけるスローガンで、個人的な経験とそれより大きな社会および政治構造との関係を明らかにしようとする言葉。


ディスカッション

直面している課題について

それぞれのプレゼンテーションを終えて、見えてきたことの一つには米国であっても日本であっても、広く一般に児童福祉やLGBTについての正しい知識を伝える教育と認知の必要性があるのでは、ということでした。また、LGBTと社会的養護はどちらもマイノリティであり、共通する部分もあるのに、領域や分野が異なるゆえにまだお互いを理解し合えてないところが残念です、という声も上がりました。 また、芸術が福祉の分野で何ができるだろうか、という問いでは、異なるグループ同士の間にかけ橋を作れるのではないだろうかという意見もありました。また、枠組みを超えて視野を広げるために福祉の分野でも芸術でも、何らかのイベントを企画する時には、他分野の人も含めた空間を作ることが大切なのかもしれません。

■ プロジェクトを行う期間について

どの活動でも長期的に行うことが理想的で、特に福祉とアートのプロジェクトでは、単発で終わるものではなく、長期間の関わりを見据えることが最初の一歩になるのではないでしょうか、そういう意味では、長期でその現場に滞在しながら関係性を構築できるレジデンスの形態は、効果的な方法の一つかもしれません。しかし、レジデンスから得られた結果ではなく、その過程の小さな変化を優先するべきなのではないでしょうか、という意見もありました。 また、アーティストからの視点で、やはり作品やプロジェクトに取り組むときは、コンセプトを生み出し、アイディアを育てるための時間がある程度必要です、中には考えが分散する傾向のあるタイプの人もいるので、長い期間が無いと作品にたどり着けないのでは、との発言もありました。

■ 関係性の構築について

エイトのdear Meを取り上げてみると、活動の中で特に重要だと思うのは、施設や相手側との信頼関係を丁寧に築くことです。時間をかけて関係性を構築し、そこからはじめて物事がスタートすることもあります。これには時間が必要で、例えば助成金で活動する場合の与えられた3年(うち、リサーチ1年)という期間は、やろうとしていることに対してはとても短い印象があります。まだまだ閉鎖的な場所も多く、現状ではオープンな姿勢で受け入れてくれる関係性のある場所での活動をしていますが、長期的に活動を続け、特に支援を必要とするところにも届けていきたいと思います。 どの分野であっても、助成を受けて活動をする場合、いわゆる成果面では数字を求められることが多いのですが、アート自体、はっきりと見える数値や目に見える成果では測れないところがあります。10年後に思い出してもらえるかもしれない、といったように。アーティストからのアドバイスには、実際に触れ合った人数そのものはあまり関係なく、やはり、何をしたかが重要、という声がありました。数値や回数ではなく、充実したものを持続的に作り出すことが大事かもしれません。

今回のラウンドテーブルを受けて、分野を超えて多くの意見や価値観を共有する場の重要性が改めて見えた気がしました。エイトは、こうした皆さんとの繋がりを大事に、今後も定期的にこのような集まりを行っていきたいと思います。

テキスト:藤井 理花 (AIT)

 

 

プロフィール
  • 峰下 拓(IFCA理事・ワシントン州チルドレンズアドミニストレーション)
    埼玉県生まれ、アメリカ・シアトル在住。1994年に渡米しルイス&クラーク大学心理学部を卒業後、2001年から2004年までシアトル・チルドレンズ・ホームで、行動・感情障害を持つ少年たちとのカウンセリングと、スタッフのトレーニング、カリキュラム作成に携わる。2005年同ホームの寮長に抜擢され、カウンセラーの監督を経て2007年にプログラム統括責任者および施設長を2年間務める。2009年からワシントン州の児童保護局で、ネイティブ・アメリカンの子どもたちとその家族とともにソーシャルワーカー、そしてスーパーバイザーとして働く。また、『ブラックフィート族・ファミリー・モデル』のプロジェクトディレクターとして、部族の里親と里子の支援プロジェクトの計画からモデル構築まですべての行程に関わる。 2012年、ワシントン大学ソーシャルワーク学科で修士号を取得。現在はワシントン州児童保護局オリンピア本部の政策部門で州全体のメンタルヘルスシステム統合プログラムの主任として働いている。
  • ティモシー・ベル/Timothy Bell(IFCA理事・NPOチルドレンズコミッティ勤務・ワシントン大学大学院行政学専攻)
    アメリカ・シアトル在住。18才までワシントン州のフォスターケアシステムのもとで6年間暮らした経験を持つ。現在はワシントン大学で、行政学の修士号を取得するために学んでいる。パッション・トゥー・アクションというワシントン州の社会的養護の当事者の評議会の大人の支援者、そして、フォスターケア・アラミナイ・オブ・アメリカのワシントン支部のメンバー。また、フォスタークラブの理事も務める。IFCA理事に就任前、IFCAユースチームのメンバーとして参加した。自身がホームレスや精神疾患を経験し、きょうだいのシステムの中での学力低迷も目の当たりにするなどさまざまな苦渋を乗り越えてきた。このような困難があったからこそ、IFCAの理事として、ユースや里親家庭が抱える問題を解決することに使命感を持って望んでいる。
  • メリッサ・ラップ /Melissa Raap(IFCA理事・ワシントン大学チャンピオンズ・プログラム ディレクター)
    アメリカ・シアトル在住。ワシントン大学、チャンピオンシップ・プログラムのディレクター、そしてカウンセリング・サービス・コーディネーターを務める。学生たちと日々接しながら、革新的なプログラムとイベントを企画しさまざまなサービスを提供している。アメリカのテキサス州オースチン市にて、 措置解除後の社会的養護の当事者たちの研究調査(Midwest Evaluation of the Adult Functioning of Former Foster Youth Outcomes at Age 23 and 24)のためにマーク・コートニー教授のもとリサーチ活動に従事した。現在、ワシントン州の当事者顧問委員会、パッション・トゥー・アクションのアダルト・サポーターであり、フォスターケア・アラミナイ・オブ・アメリカのワシントン支部のメンバーでもある。IFCAの顧問に就任することを光栄に感じている。
  • ダニエル・ルゴ(IFCA米国ユースチーム・ワシントン大学政治学専攻)
    アメリカ・ワシントン州生まれ、シアトル在住。ワシントン州のフォスターケアのシステムで3年余を過ごした経験を持つ。 高校卒業後にシアトルに移り、現在は、ワシントン大学に通いながら政治学を専攻している。ダニエルは、将来どのような方向に向かうべきか迷いがあったが、人助けをすること、自分の周りにあるあらゆる問題解決をすることに情熱を持っていることに気がついた。何より自分を幸福にすることは、人々が笑顔になること、世界に向けて、ボジティブな影響を与えること。その未来への熱意を持って政治学を専攻し、いつかは政治家になることを目指している。
  • 藤 めぐみ(一般社団法人レインボーフォスターケア 代表理事、法務博士)
    1974年オーストラリア・シドニー生まれ、大阪府に育つ。大阪大学文学部卒業、関西大学法科大学院修了。衆議院議員公設秘書、自治体職員などを経験。2013年、LGBTと社会的養護の問題について考える団体「レインボーフォスターケア」を設立。同年9月、IFCO世界大会(IFCO=家庭養護の促進と援助を目的とした世界で唯一の国際的ネットワーク機構)にて唯一LGBTをテーマにしたワークショップを開催。司法・立法・行政の各分野に携わった経験をもとに、さまざまな分野の専門家と意見交換を行いながら、LGBTと社会的養護に関する発信や提言をしている。
    一般社団法人レインボーフォスターケア
    http://rainbowfostercare.jimdo.com/
  • ローリー・ピルグリム(イギリス出身アーティスト/2016年AITレジデンスアーティスト)
    1988年イギリス・ブリストル生まれ、オランダ・アムステルダム在住。「解放」を軸にした作品を制作し、アクテヴィズムやスピリチュアリティ、音楽、コミュニティなどの関係や時間の探求を通して、私的かつ政治的な問いを表現している。アクティヴィストやフェミニスト、ソーシャリー・エンゲージド・アートの起源に強く影響を受け、ライヴ・パフォーマンスや映像、テキスト、ワークショップ、音楽の作曲など幅広いメディアで作品を発表。特に、人が集う手法として作曲を手掛け、音楽が苦境や祝祭の場面において、または人びとの意志を伝えるため、どのように扱われてきたのかを丁寧に調査している。ロンドン芸術大学チェルシー・カレッジ・オブ・アーツにて芸術学を学んだのち、オランダのアムステルダムのde ateliersにてレジデンス・プログラムに参加。近年の個展に、"THE OPEN SKY" (Flat Time House, ロンドン/Site Gallery, シェフィールド, 2016)、"Violently Speaking" (Andriesse-Eyck Gallery, アムステルダム, 2015)がある。また、アムステルダム市立美術館でのパフォーマンス、広州トリエンナーレ(2015)にも参加し国際的に活動する。http://www.a-i-t.net/ja/residency/2017/01/-rory-pilgrim.php
  • 清水 美帆(アーティスト)
    東京都出身、在住。ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジでファインアートの学士号を取得した後、オスロ国立芸術大学でファインアートの修士号を取得。近年は布を使った表現が多く、ライブイベントや映像作品のセット、俳優やダンサーのための衣装や小道具を制作。また、2001年からオィヴン・レンバーグとコラボレーションを続け、旅で得た経験を反映した表現活動をしている。2017年にSHIBAURA HOUSEが開催した港区を舞台にした学びのプログラム”nl/minato”のコーディネーターを務めた。年間を通してイベントを実施するプログラムでオランダと日本における「LGBT」「ジェンダー」「メディア」 の専門家をリサーチ。AITのdear Meには2017年6月から参加し、現代アートが持つ社会性や表現と人の関係性について考えながら、スタッフとして関わる。
  • dear Me(ディア ミー)プロジェクトについて
    NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ [ AIT/ エイト] と日本財団による、子どもとアーティストが出会い、共に表現をする機会の創出や、アート/表現を通じた自由な学びと未知のものに出合う場づくりを通して社会を捉え直すプロジェクト。子どもの福祉施設のほか、さまざまな環境下にある子どもや若者、大人に向けた、対話型の鑑賞プログラムや国内外のアーティストによるワークショップを実施するほか、共に学ぶレクチャーやシンポジウム、イベントを企画。現代アートの多様な表現や対話をつうじて様々な価値観に触れ、世界のひろがりや他者とのつながりを発見するきっかけづくりを目指す。