(日本語) コレクティヴ・アメイズメンツ・トゥループ [CAT] のプログラムで開催した鑑賞と創作ワークショップ「インスピレーション・プログラム」、上條 桂子さんによるレポートをお届けします。
(日本語)
2025年1月25日。コレクティヴ・アメイズメンツ・トゥループ [CAT]の取り組みのひとつ、インスピレーション・ツアーが実施された。今年度は、「新たな鑑賞の楽しみ方を見つける、アートと心のインスピレーション・プログラム」と題し、ダウン症や自閉症の子どもを中心に表現活動を行う市民グループ「アトリエ・エー」のメンバー、目の見えない方、そして一般から募った、耳の聞こえにくい方や精神障害のある方らを含む下は5歳から上は70代まで年齢も幅広く多様な参加者とともに美術館にでかけた。
展示室内では少人数のグループに分かれ、ファシリテーターやサポートしてくれた人々とともに、自由に鑑賞。その後ロビーでみんなで感想を伝え合った。
メンバーはアーティゾン美術館に赴き、少人数のチームにわかれ石橋財団コレクションと、現代美術家の共演(ジャム・セッション)を試みる企画の「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子—ピュシスについて」を鑑賞した(展覧会は2月9日で終了)。
今回のツアーを実施するにあたり、多様な人たちとともに快適な鑑賞を楽しむために、ファシリテーターとなるメンバーは事前に勉強会に参加。美術鑑賞に伴うアクセシビリティ向上について「NPO法人エイブル・アート・ジャパン(みんなでミュージアム)」からレクチャーを受けた。
また、鑑賞当日はAITから「こころのかんじかたをみつけるノート(日本語版、英語版、点字版)」を配布。このノートには「作品をみるときのヒント」や自分が心に感じた言葉にならない感情をどのように表現するかが、抽象的なイラストや語りかけるような言葉で書かれている。もやもやした気持ちの背中を押して、ちょっと何かを書きたくなる仕掛けがちりばめられており、参考にしたい人は持っていくし、もちろんノートを使わなくても大丈夫。
美術館に入る前に、「アーティゾン美術館」担当学芸員の内海潤也さんより、今回の展示について簡単にお話いただいた。今回展示されている作品は、音が鳴っていたり、光が明滅したり、火花が散っていたりするが、作品について言葉での説明はほとんどない。そして、作品同士がケーブルで繋がっていたり、電気が通じていたりするので動きを辿ってみるといい、とのこと。視覚だけではなく、聴覚、触覚等、ふだん使っていない感覚が刺激されそうだ。では、いざ展示室へ、鑑賞スタート!
いよいよ、展示室へ!自由に作品をみてみよう
展示室に入る手前でもうみんなは立ち止まった。アクリルボックスの中に電極を差した果物があり、脇にあるスピーカーからはさまざまな音域の音が出ていた。これは毛利悠子の《Decomposition》という作品だ。
まずは、果物を見てアトリエ・エーのこうきさんは「えっ。本物なの?」といって作品に近づいたり、小学生のはるきさんが果物の香りがすると発見してアクリルケースに顔を近づけると、他のメンバーも顔を近づけて匂いを嗅いでみたり。
目の見えないかずさんは、ツアーのアドバイザーとして一度下見に来ていたそうだが、前回に来たときと音が明らかに違うと発言。自然な流れでグループメンバーが作品の様子を口頭で説明しながら対話がなされた。別のチームでは、果物と配線と音と空間の関係性について独自の理論をみんなに伝える人がいたり、様々な言葉が生まれた。
カメラ片手に参加した5歳のとうこさんが撮影したものをみんなで見直して、何を撮ったの?とやりとりする場面も。
また、中学生のにきさん(アトリエ・エー)は言葉ではなくジェスチャーで楽しい気持ちを表現し、その振る舞いをみんなで真似し、周囲に笑顔が溢れていた。
「あっ、わかった!果物の“味”が音になっているんじゃない?」(こうきさん、アトリエ・エー)
「前に来た時と音が違う。果物が交換されたのかも、鮮度が違うと音に影響が出るのでは?」(かずさん)
ひとりでは得られない、ともに鑑賞することで分かち合う経験
通路の右側の壁面に波が描かれた絵画、藤島武二《 浪(大洗) 》(1931)があり、背後には毛利作品の照明が緩やかに点滅。あるグループでは、照度によって絵の見え方が変わると言い、どんな海かな?という問いに対し、昼間の海、夕方の海、冷たい海など、時間の経過が想像されたと対話。
かずさんが「波の音が聞こえてくる」と発言すると、グループのメンバーの意識は奧の空間へと誘導され、その関連性についての言葉が出てきた。同グループのサポーターの一人は、対話が生み出した鮮烈な発見に感動し涙を流す場面も。きっと1人黙って鑑賞をしていたのでは得られない経験だったのだろう。
丘を登っていくようななだらかな傾斜を抜けて、広場のような展示室へと出る。
あちこちで作品が動いている様子がかすかにわかり、音も聞こえてくる。各グループは、参加者の興味の赴くままに、吸い寄せられるように作品へと近づいていく。
水色の壁に掛けられた、アンリ・マティスの3つのドローイング作品を前に、自分に似ているのあった?というファシリテーターの問いかけに対し、にきさんは2つの作品を指差す。そして、選ばれていない一点を示すと、首を振る。このように、問いかけながら作品を見ていると、とても意思表示をはっきりしていたそう。にきさんはその後、一緒に写真を撮りたいとカメラマンを呼び「マティス〜!」とうれしそうに敬礼ポーズをしながら撮影。ファシリテーターにも同じポーズを促し、好きな作品の前で一緒にポーズを取るのが楽しくなったようだ。その後さまざまな作品の前でポーズをとり、場を和ませていた。
コンスタンティン・ブランクーシ《接吻》(1907-10)、毛利悠子《Calls》(2013-)の作品前で。フォークに磁石がつけられており、まるで生きもののように動く。「おしゃべりしながらご飯を食べているみたいだね、仲良しなのかな?」というファシリテーターの問いかけに対し、こうきさんは「仲はいいんだけど、喧嘩もする」と。
ブランクーシ作品では、にきさんが「ブラックーシッ!」とうれしそうな様子。別グループの竜さん(アトリエ・エー)は、作品をじっと見て「ムギュ!」と表現をしていた。
床の上で2本のはたきが動いているインスタレーション《I/O》の一部。1本はよく動くが、もう1本はほぼ動かない。その2つの違う動きをするはたきをじーっと見ながら、想像力を膨らませる。
参加者のせーさんは、「この作品は社会のなかで、労働者が搾取される様子を表していて、よく動くのは搾取されていることにも気づかず必死で働き続ける労働者。あまり動かない1本は搾取され続けて死んでしまった労働者」と独自の解釈を述べると、いつも説明を聞いてから作品を見てしまいがちだというサポーターの方は、せーさんの頭の柔らかさと先入観のなさに驚愕したと言う。
(どんな音だと思う?という問いかけに対し「雨の音、足音。雨だれ。小人が歩いている音。心が落ち着く。気持ちいい」と言った人がいたのに対し「低い気持ち悪い音。虫が飛んで来ている、少し不穏。苦手」と答えた人も。同じ作品を見ているのに正反対の意見が出た。
また、ゆかりさん(アトリエ・エー)が鑑賞会で初めて会った参加者の石田さんに小さな声で「この作品は好きですか?」と尋ね「そうだね」という心温まるシーンも。一緒に作品を見ることで、心がほどけていくようだ。
言葉だけではない、作品との対話やそれぞれの鑑賞の楽しみ方
発話が少ない方ももちろんいる。竜さんもその一人。作品にグッと近づいて見ることもあれば、少し遠巻きから距離をとって作品を楽しむ姿も。一つひとつの作品に対し滞留時間がとても長いのが印象的。そして、作品をじーっと見ていることもあれば、キャプションの文字をじーっと見ていることもあったり、展示ケースを見ているのかと思わせられることも。表す言葉は多くはなくとも、何か視覚的な新しい刺激をじっくりと堪能しているようだった。
ゆかりさんもあまり発言は多くはないが、自分のペースでゆっくりと作品を鑑賞し、気に入った作品には少し長く滞留していた。そして手を握っていたファシリテーターに小さな声で絵に描かれている内容を伝えていたそう。
展示室中央にあった脚立の上に乗せられた大きなメガホンがぐるぐると回る作品を前にもさまざまな言葉が交わされていた。
「だんだん可愛く見えてきた。生き物のように見える」「インドネシアの宗教的な像」
「セクシー、妖艶、宇宙の根源なのでは」「望遠鏡、宇宙とつながっている」
「日常的なものが非日常に見える」
ただ暗闇で起きていることに身を委ねてみる
開放感ある空間から一転、真っ暗な小部屋の展示室へ。毛利悠子の《鬼火》(2013-)。暗闇に目が慣れてくると、前方で火花がランダムに瞬く様子が見られる。それと絶妙なタイミングでかすかになる鉄琴の音。どのタイミングで火花が散って、電気は何を伝って鉄琴を鳴らすのか。不思議そうに眺める人もいれば、椅子に座ってただこの暗闇で起きていることに身を委ねている人も。
「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子—ピュシスについて」を鑑賞し、一番子どもたちに人気があったのがこの空間だった。特にれいさん(アトリエ・エー)は、別の階にあったコレクション作品にはまったく関心を示さずに、すごいスピードで通り抜けていったのに、「きもだめし」「へや」と説明しながら何度も6階の展示室へ戻ってきて、暗闇に生じる花火のような光とランダムな鉄琴の音色に包まれるように、じっと静かに時間を過ごしていた。
ゆかりさんもこのインスタレーションがお気に入りだったようで、最初は少ししり込みする様子が見受けられたようだが、その後は何度もこの空間にいたようだ。こうきさんもこの空間でリラックスしていた。ファシリテーターがなんで気に入ったの? と聞くと。「なぜかは分からないけど、暗くて好き」とのこと。
マティスのアトリエ
「石橋財団コレクション選 特集コーナー展示 マティスのアトリエ」もみんなで鑑賞。「お母さんに見せたい」と気に入った作品をスマホで撮影するゆかりさん。キャプションや壁面に掲示されていたグラフィック資料を写真に撮り「かっこいい文字を探して、ノートに書き出す」という、こうきさん。気に入った作品の前で、ファシリテーターと一緒に敬礼をするにきさん。
1枚の絵画から想像のフィクションを作り出しファシリテーターに話すゆういさん。とうこさんは、周囲の絵に触発されたのかソファに寝そべって鉛筆で絵を描き始めた。しょうまさんは時折気に入った絵を撮影している。
展示室で作品鑑賞していたのは、なんと2時間以上。こんなに時間をかけて展示を見ることはない、と言っていた方もいた。見終わった人たちはロビーに集まり、ひと言ずつ感想を伝え合い、インスピレーション・プログラムは終了した。
みんなそれぞれ、自分のペースで興味の赴くままに作品を鑑賞し、それを言葉や身振り手振りで伝え合った。見守りながら参加していたファシリテーターやサポーターの皆さんは、自然と手を取り合い、言葉に耳を傾け、互いにケアし合い、優しい空気が生まれていたのを感た。
また、今回の「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子—ピュシスについて」の毛利悠子さんの作品は、抽象的な音や光、動きのある作品で、モチーフに日用品が用いられていることもあり、発言しやすい環境だったように思う。
目の前の作品からイマジネーションを広げファンタジーの世界を思い浮かべた方もいれば、過去の自分の記憶が呼び覚まされた方もいたようだ。また、毛利悠子さんの作品一つひとつは、ブランクーシやモネ、マティス、デュシャン、クレーといった、いまは亡き作家の作品たちと時間を超えた対話をしている。アーティストが作品を通じて時代を超えた人と対話をするように、参加者たちは目の前の初めて会った他者と美術館の作品を介して対話しているのだと感じた。
テキスト:上條 桂子 写真:阪本 勇
参加者のコメントを一部抜粋して掲載したい。
(日本語) 現代アートは難解なイメージがあり、息子はどう感じるのかな?と思いましたが、素直な心で楽しく鑑賞していたようで、それでいいんだ。と私が気づかされました。
(日本語) 保護者(日本語) 何を言ってもいいし、何も言わなくても良い。その心遣いがありがたかったです。
(日本語) 保護者(日本語) 当日初めて出会った6人のグループでしたが、こうして一緒に鑑賞すると、アーティストが創り出して残してくれた言葉にならない静謐な瞬間に6人が浮遊するように閉じ込められたような、不思議で魅惑的な体験になりました。
(日本語) サポーター 秋山 名子(資生堂)(日本語) 下調べなどを経てその作品が作られた背景や、作家のバックグラウンドなどを加味して鑑賞してしまいがちな私に対して、こうきさんたちは偏見のない鑑賞をしており、より直感的な芸術を感じることができるのではないかと思いました。
(日本語) ファシリテーター 藤原 伊織(大学生)貴重な体験をさせていただきました。これまで何度も芸術鑑賞をしましたが、今回ほど時間をかけてじっくり鑑賞できたことはありません。サポーターとして参加しましたが私自身がとても贅沢な鑑賞をさせていただきました。
多様でたくさんの人たちが携わって芸術体験を支えていることが実感でき、素晴らしいと思いました。クロージングで色んな感想を伺えて気持ちが豊かになりました。初めて会う方と一瞬で仲間になれた気がします。今回のご活動を社内に伝え、カメリアファンドの支援に繋げたいと思います。
Guest Musician : Hiroshi Takano, Koryo Saito, Yorimasa Fujimura, Tetsuro Yasunaga
DJ : Taro Nettleton
Facilitator:Taku Yokosuka, Yoko Akaogi, Yosuke Yamaguchi, Mashu Oki, Saki Kato, Lhotse
Interpreter(Japanese-English) : Satoshi Ikeda
Photographer : Isamu Sakamoto
Videographer : Yasuyuki Fujii, Takuya Takeuchi
Support: Ryota Nagai (Roland)
Special Thanks:Fumiyo Kishibe, Hideo Matsukiyo, Fumiko Hosogai
All the children and staff of atelier A, and everyone who helped us.
Planning and Production: Naoko Horiuchi, Rika Fujii(dear Me Project by AIT)
Production support: Marina Yamaguchi, Mafumi Wada, Rie Okuma(AIT)
会場:アーティゾン美術館
参加者:アトリエ・エー、公募参加の方々
主催:NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]
企画:AIT ディア ミー
協力:アトリエ・エー NPO法人エイブル・アート・ジャパン(みんなでミュージアム)
寄付:資生堂カメリアファンド
本事業の鑑賞サポートは「東京文化戦略2030」の取組「クリエイティブ・ウェルビーイング・トーキョー」の一環でアーツカウンシル東京が助成しています。
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Keiko KamijoFreelance Editor. Works in editing and writing for magazines and books and has been involved in the activities of atelier A as a staff member since around 2013.