Report (日本語) まなざしと感性が静かに響きあう、ひらかれたアートのジャム・セッション

(日本語) コレクティヴ・アメイズメンツ・トゥループ [CAT] で開催した鑑賞と創作ワークショップ「インスピレーション・プログラム」スタッフによるレポートをお届けします。

(日本語)

CAT(AIT dear Me、アトリエ・エー[+オランダ])として2022年から2年間続けてきたインスピレーション・ツアー(鑑賞+創作)を、今回は一般参加者も交えてスピンオフする形で開催した。特に、異なるバックグラウンドを持つ子どもたちや大人にひらかれた鑑賞体験と、言葉だけではない対話の場の可能性を探った。


時と場所を超えた実験的なジャム・セッション

毛利悠子が選んだアーティゾン美術館のコレクション作品と、自身の新作を組み合わせた企画展「ジャム・セッション 石橋財団コレクション×毛利悠子―ピュシスについて」は、空間全体がひとつの大きなインスタレーションのように広がっていた。

絶えず動き続ける毛利のキネティック作品と、ブランクーシやモネ、マティス、デュシャン、パウル・クレーなどの名品が並び、時代を超えた芸術家同士の対話を目の当たりにするような驚きがあった。


彫刻や楽器、さまざまなオブジェたちが電流や磁力と交差し、鑑賞者は仕掛けを読み解く中で内なる感覚を呼び起こされる。一人ひとりの記憶や経験と結びつきながら想像を膨らませてゆく姿は、まさに即興的なセッションに立ち会っているようだった。見慣れた収蔵作品が新しい表情で語りかけてくるのも印象的だ。


ときには自由に冒険してみる

私の参加したグループは、ユースメンバーのこうきさん、セーさん、中学生のニキさん、大学生の伊織さん、そして企業サポーターの恵さん。時にグループで語り合ったり、二手に分かれたり、ペアで鑑賞したりと、興味・関心に合わせて各々の鑑賞ペースで進んでいった。


私は主にニキさんと一緒に鑑賞する時間が多かった。アトリエ・エーには通っているが、CATのインスピレーション・ツアーは初めてという彼女は、言葉少なでも身振り手振りで作品を感じ取り、美術館という空間を全身で楽しんでいた。興味を持った方向へと大人をどんどんリードし、展示室やロビー、通路を冒険のように行き来する姿は頼もしく思えた。


美術館職員専用の開かない扉の前で「ここに行こう」と言い出し、その奥の世界に想像を膨らませ、ひらくのをじっと待っている。お気に入りの作品を見つけると、敬礼ポーズで元気に教えてくれる。
その自由な鑑賞スタイルは周囲の鑑賞者まで巻き込み、笑顔を生み出していた。ニキさんが通るといつしか周りのみんなもつられて敬礼のポーズをするようになり、その輪が自然と広がっていった。
彼女の姿から「自由に見ることの力」をあらためて感じ、こちらが元気をもらえる時間となった。

毛利悠子《Decomposition》2021―では、林檎や柿、レモンなどのフルーツに細いチューブが刺してあり、それらが外側の機材につながり、レトロなスピーカーから足踏みオルガンのような音色がランダムに流れる。まじまじと眺めては、見つけたことやその仕組みをそれぞれ想像して言葉にしていく。
好きなフルーツはあった?という問いかけに、ニキさんがぶどうを指して教えてくれた後、口元に手の甲を持ってきたと思いきや、指をピアノを弾くようにすばやく動かし、楽しそうに繰り返した。生の果物を使った作品から感じた見えない波動を表しているような、その表現がとてもユニークで、グループの皆で真似をした。それを見たニキさんが楽しそうに笑い、皆もつられて笑った。

展示「マティスのアトリエ」より アンリ・マティス《踊り子とロカイユの肘掛け椅子、黒の背景》コレクション作品の中で、特に好きといった作品。特にどこが好きかを尋ねると、「ロカイユの椅子」を、指をさして教えてくれた。

クリスチャン・ダニエル・ラウホ《勝利の女神》踊り場にあるこの彫刻はニキさんの心をとらえたのか、何度も見にいく。翼が生えた白い女性の彫刻を見て、自分なりのタイトル「天使ス」を名付ける。どんな気持ちになるかと聞くと、「やさしい」。この作品の絵をいますぐ描きたいと、”こころのかんじかたをみつけるノート”にスケッチをしていた。

 


「ピュシス」をめぐる、対話と創造の芸術体験

鑑賞した企画展は、思考を巡らせる仕掛けや関わりの余白が多く、今回の鑑賞スタイルにとても合っていたように思う。タイトルに選ばれた「ピュシス」(古代ギリシア語で「自然」や「本性」を意味する)は、初期ギリシア哲学の中心的な考察でもあり、万物の始原や原理を追い求めた古代の智慧を新たに問いかけるものだった。

自然の本来の環境は、異なるもの同士が混ざり合い、影響し合いながら存在し、絶えず変化していく。人間の言葉や枠組みを超えた現象の連続である。人は古来より、よりよく生きるために、見えない世界を想像し、視覚化してきた。

今回の鑑賞者たちは、目の前の表現の予期せぬ動きや反応、隣り合う作品との関係性を感じ取り、言葉で表現したり、言葉には表さなくとも静かに身を任せたり、心の中で感じたり、身体全体で表現したり、絵や文字にしたり、心の変化や感じ方をそれぞれの方法でアウトプットしていく。その感じ方は、誰と一緒に、いつ、どのような心の状態で観るかによって変化し、組み合わせは無限に広がる。その瞬間ごとに感じ方は変化し、二度と同じ感覚には出会えないかもしれない。


 インキュベーション装置としての美術館

今回の試みはささやかなものだが、自由な心で目の前の表現に向き合い、多様な見方や楽しみ方をしてよいのだということを再確認する機会となった。複数の世界を可視化すること。見えないものを感じること。そして、心身の奥で言葉になる前に静かに起きていることや、「待つこと」そのものを尊重すること。美術館は展示や保存にとどまらず、人々の感性を育むインキュベーションの場でもあるということを、あらためて実感することができた。

ニキさんをはじめ、アトリエ・エーやAITを通じて参加した人々、資生堂のサポーター、子どもや大人、異なる背景をもつ人々が学び合う体験を重ねることで、私たちは普段縛られている感覚を解放し、複層的な世界のあり方を受け入れる大切さを改めて感じた。こうした積み重ねが、これからの美術館の役割をより豊かにしていくのだろう。

テキスト:藤井 理花  写真:阪本 勇

Profile
  • Keiko Kamijo
    Freelance Editor. Works in editing and writing for magazines and books and has been involved in the activities of atelier A as a staff member since around 2013.